男女残酷物語/サソリ決戦|フィリップ・ルロワ追悼

 

キングレコードの提供、アンプラグドの配給により、1969年に制作されながら今まで本邦未公開となっていたイタリア映画「男女残酷物語/サソリ決戦」(Femina Ridens 1969)が各地のミニシアターで上映されています。

B級ゴミクズ感をマーケティング的にあえて意識した邦題と、それとは対照的になぜか極端にオシャレなアートワークや予告編。
その意外な組み合わせにつられて鑑賞に至りました。

海外版の原題は「笑う女」ですが、この「サソリ決戦」という日本版意訳タイトルも観終わってみるとそれなりに真をついています。
難解さやアート映画的な映像美で魅せる要素などはほとんどないのに、どこか奇妙な魅力を発散するトンデモ系カルト・60'sインテリア映画です。

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主人公を演じているフィリップ・ルロワ(Philippe Leroy 1930-2024)は撮影当時、40歳代を迎える少し手前だったことになります。
この作品が本邦公開されるまさに直前、今年2024年6月1日に93歳で亡くなっています。
図らずも今回の企画が彼の追悼上映になってしまったようです。
ご冥福をお祈りいたします。

いくつもの作品で個性的な脇役として活躍した名優です。
個人的にはリリアーナ・カヴァーニ監督作品「愛の嵐」(Il Portiere di notte 1973)の元ナチ将校役や、同じ監督の「ルー・サロメ/善悪の彼岸」(Al di là del bene e del male 1977)における作曲家ハインリヒ・ケーゼリッツ役が強く印象に残っています。
高貴と狂気を同時に表現できるような独特の理知的な魅力をもった俳優でした。
この「サソリ決戦」を彼の代表作とするのはあまりにも気の毒ですけれど、数少ない主演作品の一つであり、ルロワの魅力が複雑に表出されている映画としてとても楽しむことができました。

 

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監督と脚本を手掛けているピエロ・スキヴァザッパ(Piero Schivazappa 1935-)は映画というよりテレビを中心に活動した人で1990年代くらいまで作品を発表しています。
この映画を観るまで未知のイタリア人監督でした。

さて、ルロワが演じている慈善事業団体の理事長は単なるサディストではありません。
世界がやがて女性に支配されると思い込み、徹底的に女性を凌辱する「役割」を演じることに快楽を見出している人物です。
それがダグマー・ラッサンダー演じる女性との出会いによって本来の「男性」としての快楽を志向したために彼女との「決戦」に臨まざるを得なくなるというお話。
「イタリア製ウルトラ・ポップ・アヴァンギャルド・セックス・スリラー」と宣伝されていますけれど、これは一種の冗談であって、実態は紛れもなくコメディです。

この映画から反フェミニズム批判、あるいは逆にフェミニズム批判といったポリティカルなメッセージを汲み取ることもできなくはありません。
しかし結果として出来上がった映像は、1960年代における近未来趣味のモダンデザインに溢れていて現実感がほとんどないため、シュールなサイコパスたちの騙し合いだけが強く印象に残ることになります。

男女二人が立ち回る空間には全く生活感がなく見事にシミュラークルなインテリアで統一されています。
半世紀以上経過した現代からみると60年代デザインの博物館みたいに見えてくるところもこの映画の大きな魅力の一つです。

スキヴァザッパは、異常性愛世界をその生々しさから遠ざけるためか、あるいはそれ自体が目的だったかもしれませんが、結果的にジュゼッペ・カポグロッシ(Giuseppe Capogrossi 1900-1972)といったアーティストたちの造形を取り込むことで、非現実的なインテリア映画としてこの作品を仕上げてしまったようです。
「サソリ決戦」から滲む奇妙なオシャレ感は、本来はじっとりドロドロすべきエログロ要素を、多彩なアートやモダンインテリアによって無菌化しつつ、なお独特のエロス表現を追求しようというアクロバティックな手法からきています。
その象徴的な図像がニキ・ド・サン・ファル(Niki de Saint Phalle 1930-2002)他のアーティスト作品をオマージュした巨大な"Vagina Dentata"でしょう。
故意なのか予算不足からなのか、フィリップ・ルロワがVagina Dentata"に入るシーンのチープさはむしろ「穴」に対して男が抱いている根源的な恐怖を薄っぺらく、かつ、強烈に表現している大名場面です。

 


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それにしてもフィリップ・ルロワはこの映画に対してどんな心境で臨んでいたのでしょうか。
主演とはいえ、ザディスティックなミソジニストにしてナルシシストでもあるこの慈善事業家役はアタるにせよハズれるにせよ、俳優としてイメージ付けされるとかなりリスキーなキャラクターともいえます。

前半、女性を完全に支配する存在としてのルロワは冷酷な威厳をまとっていて、まさにハマり役といった印象を受けます。
ところが後半、ラッサンダーの術中に堕ちてからはなんともいえない情けない表情をみせはじめ、クライマックスのプールシーンに至ると、もう笑うしかないような間抜けさを醸し出しています。
演技による表情なのか、こんな役をやらされてしまった困惑からなのか、どちらともとれそうなところがとても素敵です。

ステルヴィオ・チプリアーニ(Stelvio Cipriani 1937-2018)による、場違いにメロディアスな音楽もうっすら寒気を誘発する効果をあげています。
制作から55年経過した今だから、むしろそのチグハグ感が楽しく感じられるのかもしれません。

 


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