京都国立博物館の狩野山雪ミニ特集

 

京都の狩野派狩野山雪

■2024年6月18日~7月28日
京都国立博物館(コレクション展示/企画展ではありません)

 

特別展「雪舟伝説」が終わった京博では、秋の「法然と浄土宗」展までの間、コレクション展が開催されています。

平成知新館2階の「近世絵画」コーナーを今回は一人の絵師が占領しています。
京狩野二代、狩野山雪(1590-1651)です。

www.kyohaku.go.jp

 

「群馬図襖」、「明皇・貴妃図屏風」、「蘭亭曲水図屏風」、「洛外名所図屏風」の4件が展示されています。
点数こそ少ないものの、いずれも大型の作品ばかり。
東西と南の展示壁面全てを使いきって山雪ワールドが大展開されている光景に息を呑みました。

 

狩野山雪「明皇・貴妃図屏風」(部分)

 

「明皇・貴妃図屏風」は六曲一隻の金碧画です。
「明皇(めいこう)」とは玄宗皇帝の別名、「貴妃」は言うまでもなく楊貴妃のことです。

山雪は別に「長恨歌」に基づく長大な絵巻「長恨歌図巻」を描いていて、この作品は現在、アイルランド、ダブリンにあるチェスター・ビーティー図書館(Chester Beatty Library)が所有しています。
ごく一部ですがwikipediaに高精細の絵巻図像が掲載されていますから、絵師の異様なまでに緻密な筆致を確認することができます。
山雪はこの中国古典詩を十分すぎるほど玩味していたことが想像されます。

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/b/b3/Chogonka_Emaki_by_Kano_Sansetsu.jpg

 

京博が蔵する「明皇・貴妃図屏風」には、チェスター・ビーティー本の「長恨歌図巻」に描かれている玄宗楊貴妃のドラマティックな没落譚の場面ではなく、二人が幸福の絶頂にあったとみられる頃のある一場面が表現されています。

贅沢にゴールドが使われていてその眩さにまず圧倒されますが、次第に奇妙なまでに整えられた構図とモチーフの描写が気になってきます。
不自然なくらい整然と枝葉を伸ばす棕櫚。
極めて神経質に水平軸が強調された欄干の配置と幾何学模様。
玄宗皇帝の後ろに置かれた画中画は、それ自体が幽玄な風景画として成立するほど丁寧に描かれています。
全てが驚くほどにスタイリッシュなのですが、どこか幻想的な世界が広がっています。

 

狩野山雪「明皇・貴妃図屏風」(部分)

 

考えてみると不思議な画題ではあります。
屏風絵は多くの場合、吉祥画として描かれます。
この作品も描写されている光景自体は幸福感にあふれ、典雅そのものです。
しかし鑑賞者はこの場面の後、玄宗楊貴妃、そして二人に仕えた女官たちを待つ悲惨な末路を確実に知っているわけです。
長恨歌図巻」のように絵巻として個々人が楽しむのであればともかく、おそらく客人をもてなす空間にも置かれたであろう金碧障屏画に「転落前の絶頂」をテーマとした図像が選ばれていることになります。
いくばくかの「戒め」や「悲哀」を観る者に暗示しつつも、絢爛さと研ぎ澄まされた構図によってあくまでも古典的なファンタジー絵画として仕上げている山雪のセンスに驚く作品です。

狩野山雪「蘭亭曲水図屏風」(部分)

 

随心院が所有し京博に寄託されている「蘭亭曲水図屏風」は八曲二双という破格の規模を誇る作品です。
「雪汀水禽図屏風」とともに狩野山雪を代表する重要文化財
今回は近世絵画コーナー南壁面を全て使って一気にこの大屏風が展開されています。
「明皇・貴妃図屏風」同様、贅沢に金が使われていますが、それよりさらに目を驚かせる要素が「緑」です。
これでもかと緑青がふんだんに用いられつつ、木の種類によってその濃淡に絶妙な差配を施し、画面全体にリズムと奥行きを生み出しています。
しかし、この作品でもどこか整えられすぎた不自然さが山雪独特の世界を生み出しているように感じられます。
周りを囲む塀が生み出す強烈な水平軸と木々の垂直軸に支配された空間表現は、雅趣にあふれるはずの酒宴に奇妙な緊張感を与えているように感じられないでしょうか。

 

狩野山雪「蘭亭曲水図屏風」(部分)


王羲之によって蘭亭に招かれた文人たちは、目の前の小川に浮かぶ、蓮葉にのせられた杯が自分のところに流れつくまでに詩作を終わらせる必要があります。
しくじると幸か不幸か罰杯を飲ませさることになります。
杯は童子たちによって川上から流され、川下ではそれを回収する様子が描かれています。
おそらく童子たちはまた回収した杯をもって川上に戻り、酒をついで詩人たちのもとへ流すのでしょう。
延々と終わらないループする世界が描かれているともいえます。
これもよく考えるとちょっと恐ろしい絵画です。

当時の随心院には初代山楽以来、京狩野のパトロンとなっていた九条家の血縁者が門跡として入っていました。
その関係からこの絢爛豪華な巨大屏風が随心院に伝わったと推定されています。

狩野山雪「蘭亭曲水図屏風」(部分)

 

中国に画題をとった前2作に変わり、コーナーの東壁面に置かれた六曲一双「洛外名所図屏風」(京博蔵)は、おそらく山雪が生きていた頃における京都の景色が描かれています。
右隻に愛宕山、左隻には比叡山を描き、それぞれその山麓から広がる情景の中に寺院などの名所がスポット的に配置されています。
過剰なくらい緻密に人物事物を描き込んだ金碧障屏画を描く一方、山雪はこの作品においては徹底的な「省略」を行なっています。
人物はほとんど描かれていません。
本来は蝟集していたはずの町家などもなく、ところどころに仁和寺金戒光明寺、大仏殿といった名所の図像を小さく置くだけです。
この絵師はとにかく極端です。

ただ、省略の妙によって洛西洛東、双方の空間的広がりが恐ろしく強調される効果もしっかり意識されていて、金地に水墨というシンプルな組み合わせにも関わらず、情景そのものは非常に多彩な表情をもっているとも感じます。
山々と川や寺社等の位置関係は意外にもかなり正確であることがわかります。
この屏風は居ながらにして京洛空間をダイナミックに感じることができるリアルさも兼備しているのです。

 

狩野山雪「洛外名所図屏風」(部分)

 

近くによってじっくり観たり、距離をとって全体の構図を味わったりとしているうちに、30分近くこのコーナーを堪能することになりました。

なお、同じ2階の展示室1では、知恩院の至宝「法然上人絵伝」の比較的珍しい部分がたっぷりと展開されています。
10月から開催される「法然展」のプレ企画ということだそうですが、なんとも贅沢な展示で、これもじっくり鑑賞すると30分くらいあっという間に過ぎてしまいます。

特別展ではないこともあり、騒々しいグループ観光客の一群に遭遇する等の不運がなければ、とても静かな環境で鑑賞できると思います。