現在、京都文化博物館で開催されている石崎光瑤(1884-1947)の生誕140年記念展が後期に入り、いくつか作品の入れ替えが行われています。
あまりにも見事な作品群が紹介されている大レトロスペクティヴです。
前期に続き後期展にも足を運んでみました。
10月1日から大阪中之島美術館が誇る名品「白孔雀」の展示が始まっています(会期末の11月10日まで)。
1916(大正5)年から翌年にかけ、はじめてインドを旅した石崎光瑤は帰国して早々の1918(大正7)年、意欲作「熱国妍春」(京都国立近代美術館蔵)を発表、同年の文展で特選を受賞しています。
その1年後、1919(大正8)年には第一回帝展において「燦雨」(南砺市立福光美術館蔵)が連続して特選となる等、インド旅行の成果を次々と作品に現していきます。
「白孔雀」は少し時間を空け、1922(大正11)年、第四回帝展に出品された作品です。
「熱国妍春」「燦雨」と同様、六曲一双の堂々たる大作です。
大阪中之島美術館はこの「白孔雀」について、2022年の開館記念展で早速に披露し、「当館所蔵の日本画の中でも屈指の荘厳さを誇る1点です」と紹介していました(開館記念「超コレクション展」図録P.305)。
池田遙邨の「雪の大阪」と共にこの美術館を代表する近代日本画の一つです。
今回の京都文化博物館での展示でもじっくりその美しさを再確認することができました。
(ケースのガラスに反射光等がうつりこんでしまうため、添付した写真は大阪中之島美術館でかつて展示された際に撮影したものです)
「熱国妍春」の大胆な植物表現や、「燦雨」から放たれる熱帯の豪奢なエネルギーも素晴らしいわけですが、「白孔雀」では彩色と線描に一層の洗練が加わり、様式的な美しさと独特の異国情緒が混じりあっていて、作品世界に身をもっていかれそうになりました。
なお、この展覧会では光瑤が残した下絵の数々も豊富に紹介されています。
「白孔雀」の下絵とみられる画稿もみることができました。
本画では下絵段階にはなかった巨大なプラタナスの木が配されたことがわかります。
さて、文博の会場では石崎光瑤と土田麦僊の交流といった、画家と京都画壇の関わり等を記載したミニコラム的な解説展示をみることができます。
上村松篁(1902-2001)も光瑤の作品から強く影響を受けた画家の一人でした。
石上充代静岡県立美術館学芸課長によるコラム「《燦雨》が与えた影響」(図録P.94にも詳細な文章が掲載されています)によれば、上村松篁は「少年の頃、石崎光瑤先生の《熱国妍春》《燦雨》などを見て強く感動した」という言葉を残しています。
光瑤の「燦雨」が展示されているケースの中に、松篁が1972(昭和47)年に描いた、全く同じ名前をもった「燦雨」(松伯美術館蔵)の小さい写真と解説文が掲示されていました。
これをみると構図や斜め上から降り注ぐ金色の雨といったモチーフの大半が共通しています。
同一のタイトルからも、これが完全に光瑤作をオマージュした作品であることがわかります。
この絵画が描かれたとき、上村松篁はすでに70歳頃。
若い頃に光瑤の「燦雨」をみた衝撃から相当な時間が経過しています。
「五十年間も胸の中で温めていたモチーフ」と、松篁は述懐していることからも、相当にこだわりをもって制作にのぞんだことが伺えます。
実はつい先日、10月22日まで、岡崎の京都国立近代美術館で上村松篁後期を代表する名品のひとつ「孔雀」が4階のコレクション・ギャラリーで展示されていました。
1983(昭和58)年に描かれた大作です。
この展示は上村松篁がその創設に深く関与した団体である「創造美術」(1948年結成)が、1974(昭和49)年に「創画会」として改称しリスタートしてから50周年となることに因んでいます。
「孔雀」が発表された翌年1984(昭和59)年に画家は文化勲章を受けています。
画壇の大家としての名声を確固なものとしてからすでに相当な歳月を経ていた頃の作品といえます。
自ら南国の花鳥を実見してきたこの「鳥の画家」にとってみれば、当然に孔雀も眼に心中に染み込んだ題材だったと思われます。
ただ、松篁の「孔雀」には、どこか石崎光瑤の「白孔雀」が遠く響いてきているようにも感じられたのです。
「燦雨」のように直接的なオマージュではありませんし、孔雀の種類も違います。
しかし、堂々と羽を広げ、向かって少し斜め左に傾けられた孔雀の姿勢からは、光瑤の描いた白孔雀の気品と共通した気配が感じ取れるようにも思えます。
光瑤オマージュ作「燦雨」を描いてからさらに10年以上を経て描かれた「孔雀」は、上村松篁の中に残ったこの鳥のエキスのようなものが晩年になって無駄なく形となったといえるかもしれません。
そしてそのエキスの中には、青年の頃に出会った石崎光瑤の「孔雀」も含まれていたのではないでしょうか。
両作品をほぼ同時期に鑑賞してこんな雑感を抱くことになりました。