戦後西ドイツのグラフィックデザイン展
モダニズム再発見
Back to Modern – Graphic Design from West Germany
■2024年10月26日〜2025年2月24日
■西宮市大谷記念美術館
来年の3月から5月にかけて東京都庭園美術館で開催予定となっている西ドイツ・グフィックデザイン展が一足早く西宮の香櫨園で開催されています。
戦後1950年代あたりからドイツ統一まで、企業関連デザイン(CI)や映画ポスターといった多彩な素材を使ってその特徴と歴史を概観するというユニークな意欲展です。
意外な発見もあり、とても楽しめました。
グラフィックデザイナーのイェンス・ミュラー(Jens Müller 1982-)が設立した「A5コレクション」(A5 Collection Düsseldorf)の収蔵品によって展示が構成されています。
ポスター等のデザイン資料を収集しつつ出版事業なども手がけるというこの組織が、兵庫展と東京展に共通して「特別協力」の立場で参画しています。
作品の選定を含む実質的な監修はここが担っているとみてよさそうです。
膨大な数の出展品がドイツから運ばれています。
なお、東京都庭園美術館は2021年に「20世紀のポスター[図像と文字の風景]」展を開催しています。
スイスを中心としたポスターとタイポグラフィの特集で、大変興味深い内容の企画でした。
今回はその続編的な展覧会としても楽しめると思います。
ところでかつて存在していたドイツ連邦共和国、つまり「西ドイツ」は当然に第二次世界大戦後に誕生した国家です。
したがって「戦後西ドイツ」というタイトルの「戦後」は本来不要であり、実際、英題は"West Germany"とあるだけです。
出展品の中には1980年代の作品までありますから、「戦後」自体が特集されている企画でもありません。
それでも、あえてこの言い方をタイトルとして使用していることには一定の意味がありそうです。
イェンス・ミュラーがこの展覧会の図録内に載せている総論的文章の中に、非常に印象的な言葉が引用されています(図録P.10)。
デザイナーのヴァルター・マテースという人物が述べた言葉です。
マテースは著述の中で戦後ドイツのグラフィックデザインの現況について「西ドイツ全土とベルリンのポスターを全て集めたとしても、スイスのたった5メートルの壁分のポスターの方に軍配が上がる」と記しているそうです。
西ドイツのデザイナーからみれば、随分とひどい言われようです。
しかしこのマテースの辛口コメントは特段に過剰なスイス贔屓から発せられたものではありませんでした。
大戦前、ペーター・ベーレンスに代表される優れたデザイナーたちが活躍していたドイツでは、ヒトラーが政権を握って以降、モダンデザインが影を潜め、代わって民族主義的な、いまから見ればかなり野暮ったいデザインが主流を占めていくことになります。
せっかく築いていたモダンデザインの流れがナチス時代に一旦、途絶えてしまったわけです。
マテースの酷評は、まだそうした「断絶」の痛手からデザイナーたちが立ち直っていなかったドイツの状況を示していたということなのでしょう。
西ドイツのグラフィック・デザイン界が再び輝きを取り戻すのは「戦後」1950年代に入ってからです。
その意味を込めてこの展覧会ではあえて「戦後西ドイツ」という表現が用いられているのだと思われました。
そうした時代を代表するデザイナーの一人としてまず紹介されている人物が斯界の巨人、オトル・アイヒャー(Otl Aicher 1922-1991)です。
今でもその洗練されたデザインが印象的なルフトハンザの企業ロゴ・デザインや、東京オリンピックで初めて採用された「ピクトグラム」をさらに発展させたミュンヘン・オリンピックのピクトグラム群等、アイヒャーの業績が展覧会の冒頭近くでまず紹介されていました。
スポーツ大会や芸術祭等の開催に伴って制作されたポスターにも幅広いデザイナーたちの活躍をみることができます。
ハンス・ミヒェル(Hans Michel 1920-1996)とグュンター・キーザー(Günter Kieser 1930-2023)が共同して手がけたヘッセン放送局による「公園コンサート」のポスターは円と四角形を組み合わせつつグラデーションによって独特の立体感を生み出しています。
例えば1960年代後半の「公演コンサート」ポスターにはコリン・デイヴィス、ラファエル・クーベリック、カレル・アンチェル、アンタル・ドラティ、ゲオルグ・ショルテイ、アニー・フィッシャー、フリードリヒ・グルダ、ジョン・オグドン、ヨゼフ・スーク、ヴォルフガンク・シュナイダーハンなどなど錚々たるアーティストたちが多数参加していたことがわかります。
しかしミヒェル+キーザーはことさらにクラシック音楽の雰囲気を意識したデザインには仕上げておらず、大きな訴求効果をもっていたと思われるアーティストたちの写真なども取り入れていません。
結果として、現代音楽などにも目が配られたのであろうヘッセン放送局主催の音楽会らしい先鋭さが伝わってきます。
ポスター分野における極めて面白い成果が「映画」に関係するものでしょう。
フリッツ・ラング「M」などのドイツ古典映画に加え、ロベルト・ロッセリーニ「アモーレ」、小林正樹「切腹」、ジャン=リュック・ゴダール「ウィークエンド」などのポスターは、映画の制作国における表現とは全く違ったデザインが採用されていて、眺めていると次第に映画世界が新しく変容して出現してくるような楽しさを味わえました。
さて、この展覧会で多くの作品を紹介してくれている「A5コレクション」の「A5」とは何でしょうか。
おそらくこれはDIN(Deutsches Institut für Normung)、ドイツ規格協会に敬意を表しての名称と思われます。
現在、印刷物のサイズとしてお馴染みのA4とかA5といった規格の発祥はドイツです。
単なるデザインではなく国際標準としての「規格」を生み出してしまうところに、この国らしさが感じられます。
ちなみに、この展覧会の図録も「A5」サイズです。
A5コレクションを主宰するイェンス・ミュラーは、展覧会に関係したインタビューに応じていて、会場内でその映像を見ることができます。
彼は質問に答える中で、「バウハウスがドイツの外では過大評価されているのではないか」という趣旨の発言をしています。
確かにドイツのモダンデザインという話になると「バウハウス」を避けて通ることはできず、その傾向は日本でも全く同じでしょう。
しかしミュラーによれば、戦後、ドイツデザイン界を牽引したデザイナーたちの全てがバウハウスの影響下にあったわけではもちろんなく、それ以外の流れから誕生した優れたデザイナーが多数いたことになります。
この特別展でも一部バウハウス関係のデザインが取り上げられてはいますが、ミュラーが企図した通り、この教育機関を特別視してはいません。
こうした構成も非常に新鮮に感じた部分です。
写真撮影が全面的に解禁されている展覧会です。
約4ヶ月に及ぶ、比較的長期の企画だからでしょうか、訪問した11月初旬、平日の昼下がりはほとんど無人と言っても良いくらい会場は閑散としていました。
来年には東京展もありますけれど、たっぷり静かにドイツ・デザインに浸りたい方は、機会があれば西宮まで遠征するのも面白いかもしれまん。