特別展 呉春ー画を究め、芸に遊ぶー
■2024年10月19日〜11月24日
■大和文華館
とても濃密緻密に構成された、大和文華館らしい充実の呉春展です。
1ヶ月とちょっとという会期の短さが惜しいくらい、大変完成度の高い特別展と感じました。
非常に秀逸な日本・東洋美術のコレクションで知られる大和文華館ですが、呉春(1752-1811)についてはそれほど著名な作品を所蔵しているわけではないようです。
前後期合わせて約50点の出展品が登場するこの企画の中で、同館が所有する呉春の作品はわずかに1点。
さまざまな画家たちが筆を競った「東山第一楼勝会図画帖」に収められた小品一幅に過ぎません(これはこれでとても素敵な作品ではありますが)。
では、コレクション上、この四条派の祖といわれる大絵師を必ずしも得意としているとはみられない大和文華館が、なぜあえて「呉春」をとりあげているのでしょうか。
それはおそらく、この特別展を主導した同館の仁方越洪輝学芸員の強い企画力によるものではないかと、勝手に想像しています。
京都大学で日本・東洋美術史を学んだ仁方越学芸員の専門は、KAKENのデータベースによると、円山派、四条派を中心とした近世絵画です。
個別の研究対象として「呉春」の名も確認できます。
2022年から大和文華館に所属しているようですから、彼が最も得意とするテーマで今年度の特別展を仕上げたということなのでしょう。
その意気込みが展覧会の内容にも色濃く反映されています。
驚くほど多彩な所有者から作品が出展されているのです。
呉春の傑作を有することで知られる逸翁美術館や京都国立博物館等に加え、なんと円山応挙一門による障壁画で有名な兵庫の大乗寺からわざわざ呉春が担当した部分の襖絵を取り寄せています。
他に妙法院や西本願寺、醍醐寺といった京都の名刹からも渋い名作が集められています。
京都御所内に残る作品まで宮内庁京都事務所から借り受けるという、その徹底ぶりに驚きました。
出陳交渉やロジスティクス面の負荷等を考えると気が遠くなるような手間と労力がかけられているようにも思えます。
単に有名作や人気作が集められているというわけでもありません。
与謝蕪村(1716-1784)に学び、のちに円山応挙(1733-1795)の影響を強く受けた呉春というアーティストが生み出した「画風」そのものの正体に出展品を通じて鋭く迫っている企画でもあります。
非常に印象的な出展品がありました。
和歌山の草堂寺にある円山応挙筆「雪梅図壁貼付」(重要文化財)がそれです。
雪をまとった梅の木が描かれた水墨。
応挙が得意とした没骨法によって幹の質感などが豊かに捉えられています。
この作品が和歌山からわざわざ取り寄せられていることには理由がありました。
当然に出展されている呉春を代表する傑作中の傑作「白梅図屏風」(重文・逸翁美術館蔵)と比較するためです。
同じモチーフである梅が描かれています。
呉春も輪郭線を用いない没骨の技法を用いていますから、応挙に学んだ成果が現れている作品といえます。
しかし主題と技法が共通していても両者が描いた情景の雰囲気は非常に異なっています。
梅の木がもつダイナミックな造形と量感を引き出した応挙に対し、呉春のそれは写実を意識しながらも幻想的といってもよいくらい梅を流麗に描き出しているように感じられます。
呉春が応挙のエピゴーネンでは決してなかったことが二枚の梅図から如実に観取されるように配慮した作品選定といえるのではないでしょうか。
それにしても逸翁蔵「白梅図屏風」は鑑賞するたびにその素晴らしさに強い感銘を受ける作品です。
前回は2020年、京都市京セラ美術館のリニューアル開館記念展で少し慌ただしく鑑賞して以来ですから、4年ぶりの再会です。
今回は大和文華館の静かな環境の中でたっぷりじっくり味わうことができました。
この六曲一双の屏風は左隻と右隻で色調や技法、描く対象がほとんど変わりません。
左右から画面中央に向かって枝をしならせる3本の梅の木が描かれているだけです。
シンメトリカルな美しさが重視されていて全体として破綻のない洗練された景色とまず感じます。
しかしよくみてみると、呉春は左右の遠近感を絶妙に操作していることに気がつきます。
右隻に描かれた一本の梅は地面からはえる根本の部分までしっかり描かれています。
他方、左隻の2本は土坡的な造形によって根本が隠されています。
つまり3本の梅の位置関係は、右隻の梅が一番手前であり、左隻の2本はその奥にあることになります。
ところが観ていても左右の梅はほとんど同じ近さで枝をしならせているように感じられます。
空気遠近法によって写実を徹底するならば、左隻の2本はもっと全体として淡く描かれる必要があるのに濃淡の違いはほとんどないのです。
呉春は右隻と左隻の遠近感を本来の有り様から絶妙にずらすことで左右の空間がまるで同じ位置から眺められているように鑑賞者を一旦錯覚させつつ、3本の立地関係に図像上の変化をもたせることにより、破綻なく奥行き感を出すというマジカルな手法を用いているわけです。
スタイリッシュな構図と幻想的なブルーの背景に繊細を極めた梅花の点描。
そして観る者を絵画空間の中に溶け込ませるような魔術的遠近法。
呉春の「白梅図屏風」はどこか日本美術離れした魅力すら感じさせる大変な傑作であることを再認識しました。
仁方越学芸員の徹底ぶりは展覧会図録にも現れています。
全ての作品について丁寧な解説が施され、その一部は会場内のキャプションにも反映されていました。
「白梅図屏風」の来歴についても解説されています。
近世以前、この作品がどのような経緯で描かれ所蔵されてきたかはわからないようですが、売立の記録からどうやら大阪市中央公会堂建設に多額の寄付を投じたことで知られる株式ブローカー、岩本栄之助(1877-1916)が所蔵していたことが推測できるそうです。
その後、京阪電気鉄道の取締役を務めたこともある浜崎健吉(1873-1957)の手を経て、小林一三(1873-1957)の所蔵するところとなり、現在は逸翁美術館に収められています(図録P.134)。
スペース上の制約から前期と後期で左右セットの屏風を別々に展示するなど、相当な苦心の跡が見受けられますが、それだけ「この作品だけは外せない」という熱意が伝わってきます。
キュレーターの「呉春愛」がこの展覧会を面白くしている最大の要因なのかも知れません。
深く感銘を受けた企画展でした。