「ロミー・シュナイダー映画祭2024」が10月中旬よりBunkamura ル・シネマ渋谷宮下を皮切りに、全国のミニシアターで順次公開されています(提供:マーメイドフィルム・配給:コピアポア・フィルム)。
2022年に上映された、彼女の没後40年レトロスペクティヴ特集企画(7作品)の続編という位置付けとみられます。
今回は「プリンセス・シシー」、「最も重要なものは愛」、「デス・ウォッチ」の3本。
いずれもデジタルリマスター版で、「プリンセス・シシー」以外は日本での劇場初公開作品です。
全て初鑑賞となりました。
デジタルリマスターによる修復は3作品とも素晴らしい成果をあげているようです。
中でも「プリンセス・シシー」は、その洗浄された古めかしさが、まるで19世紀に描かれた泰西名画が動き出しているかのような気配を感じさせます。
「プリンセス・シシー」(Sissi 1955)はロミー・シュナイダー(Romy Schneider 1938-1982)を故国オーストリアの国民的人気俳優に押し上げた映画として知られています。
後にオーストリア=ハンガリー二重帝国の皇后となるエリーザベトが、バイエルンのポッセンホーフェン城から、皇帝フランツ・ヨーゼフ1世に嫁ぐところまでがコミカルさを交えながら豪華絢爛に描かれていく作品です。
内容自体は毒にも薬にもならない通俗系歴史映画の一種といってしまってよいのでしょう。
ただ、まだ17歳頃であったロミー・シュナイダーの美しさは、今見ても息を呑むような魅力を放っていて、それだけで眼が満足してしまうため古臭い演出も次第に気にならなくなってくるから不思議です。
監督のエルンスト・マリシュカ(Ernst Marischka 1893-1963)もシュナイダーをどのようなアングルから撮影すれば最も美しく輝くのか、良く了解していたと思われます。
やや右上からとらえられた彼女のプロフィールには華やかさに加えて既に独特の陰影も感じられます。
一方、皇帝役のカールハインツ・ベーム(Karlheinz Böhm 1928-2014)はこのとき27歳くらい。
ヴィスコンティなら青年皇帝役としてまず起用しないと思われる系統の顔ですけれども、それなりに王子様感を出しています。
後年ライナー・ヴェルナー・ファスビンダーの「自由の暴力」等でみせた複雑に凄みを感じさせる魅力はまだ当然にないものの、独特の品の良さがありました。
2本目はアンジェイ・ズラウスキー(Andrzej Żuławski 1940-2016)が監督した「最も重要なものは愛」(L'important c'est d'aimer 1975)です。
今回の3本中、最も衝撃を受けた映画となりました。
「プリンセス・シシー」からちょうど20年後に撮られた作品ということになりますからロミー・シュナイダーは37歳頃。
映画の中では「30歳」とされていますが、実年齢通り、あるいは見ようによってはそれ以上に老けた印象を受けます。
盛りを過ぎてしまい、今は三流官能映画に出演している女優という設定にあわせてなのか、メイクがややくすんだ感じに仕上げられているようです。
ズラウスキーは、パゾリーニほどではありませんが、かなりドラスティックに暴力&性表現を連発していて驚きました。
シュナイダー演じる女性に魅了されてしまうカメラマン役に、濃厚で少し大根役者風の二枚目ファビオ・テスティ(Fabio Testi 1941-)を起用しつつ、クラウス・キンスキー(Klaus Kinski 1926-1991)といった、危なく味わい深い俳優たちを随所に揃え、異様な映画世界を創造しています。
アップを多用しながら忙しく動き回るカメラは俳優たちの息遣いを生々しくとらえ、感情を押し殺したり、逆に爆発させるシュナイダーの多彩な表情を見事にとらえています。
ジョルジュ・ドルリュー(Georges Delerue 1925-1992)は、あからさまにワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」をオマージュしつつ、無調風からポップ風まで、多彩な音楽を用意していて、そこが70年代的ごった煮感につながっています。
本作品で、1976年、第1回目となったセザール賞の最優秀女優賞をロミー・シュナイダーは受賞していますが、このとき最優秀作品賞を獲得した「追想」(ロベール・アンリコ監督)でも彼女はフィリップ・ノワレを相手に重要な役回りで出演しています。
フランス映画界を主たる活動の場としたロミー・シュナイダーの、ある意味絶頂期に生み出された映画がこの「最も重要なものは愛」ということになるのでしょう。
日本でも発表と同時期に公開されていれば、もっと気の利いた邦題がつけられたかもしれません。
「ロミー・シュナイダー映画祭2024」3作目はベルトラン・タヴェルニエ(Bertrand Tavernier 1941-2021)が監督した「デス・ウォッチ」(La Mort en direct 1980)です。
シュナイダーの他にハーヴェイ・カイテル( Harvey Keitel 1939-)、ハリー・ディーン・スタントン(Harry Dean Stanton 1926-2017)、マックス・フォン・シドー( Max von Sydow 1929-2020)といった大物俳優が共演しているのですが、意外にも日本での公開はこれまで実現していなかったことになります。
タヴェルニエの名がこの国でもよく知られるようになったきっかけである「田舎の日曜日」(Un dimanche à la campagne 1984)が紹介される前だったからなのかもしれません。
ただ、実際に観てみると、豪華な俳優陣が揃えられた割に、なんとなくどんよりとした仕上がりの作品であり、本邦劇場初公開がこのタイミングになってしまったことがわかるような気もします。
医療が極端に発達し、病気で死ぬことがほとんどなくなってしまった近未来のお話です。
死ぬこと自体が珍しくなってしまった世界で、「死を見つめる」つまり「デス・ウォッチ」を番組のテーマとして放送し視聴率を稼ごうという、なかなかにえげつないテレビ業界とそれに翻弄されていく一人の女性の姿が描かれています。
こうした設定自体はとても面白く、それぞれの俳優たちの演技もそれぞれに素晴らしいのですが、アンサンブルとしてみるとどうも噛み合っていない印象を受けます。
スコットランドのグラスゴーを主なロケ地とした映像は終始薄暗く、ただでさえ重々しい空気に包まれる中、テンポ感が微妙に鈍重なのでだんだん観ていて疲労感が増してきます。
ロミー・シュナイダーは十分陰影のある豊かな表情をみせてくれてはいますが、体型はややふっくらとしてきていて、映像と同様に「重い」感じを受けます。
近未来にも関わらず小物類や美術にほとんどそれらしい演出が加えられていないので、映画が描く世界のリアリティが、画面の重厚さに反比例して、薄いというところも気になりました。
シュナイダーはこの後、クロード・ミレールの傑作「勾留」に出演、最後にジャック・ルーフィオの「サン・スーシの女」に主演し、1982年、43歳で亡くなりました。