没後120年 エミール・ガレ展
美しきガラスの世界
■2024年11月22日~12月25日
■美術館「えき」KYOTO
エミール・ガレ(Émile Gallé 1846-1904)の没後120年となった今年はすでに渋谷区立松濤美術館や徳島県立近代美術館など全国各地で回顧展が開催されています。
今もちょうど富山市ガラス美術館で、この京都展と並行しつつ、全く別の企画である「没後120年 エミール・ガレ:憧憬のパリ」(2024年11月2日〜2025年1月26日)が開かれているなど、ガレの根強い人気ぶりがうかがえる一年となりました。
かつての世紀末ブーム時ほど大々的に取り上げられることはなくなりましたが、アール・ヌーヴォーを代表するガラス工芸家として、パブリックやプライヴェートを問わず、連綿と国内各地でガレ作品の収集が続けられているようです。
今回の美術館「えき」KYOTO展では、国内有数のガレ・コレクションを有するポーラ美術館からのレンタル品を中心に個人蔵の珍しい作品を含め約70点を紹介。
会場の規模は大きくありませんが、手際よくコーディネートされた企画となっていると思います。
ガレは、万国博覧会等でもたらされていた日本、東洋のモチーフを自作に取り込んだ独特の作風で知られるわけですけれど、一方で、非常に多種多様なガラス制作技法を試みた先駆的な技術者でもありました。
今回の企画では、ガレが追求したガラス工芸のテクニックについて、学究的になりすぎない範囲で丁寧にキャプションが設けらています(以下の雑文でもその展示解説を適宜参照しています)。
どうしてもジャポニスム的なモチーフ自体に目がいきがちな人ですが、あらためてエミール・ガレの「技法」面に光があてられている点でユニークな企画といえるかもしれません。
メインビジュアルに採用されている「百合文六角花器」(個人蔵)は高さ22センチほどの作品。
異様に分厚い百合の装飾によって実際の大きさ以上の迫力を感じさせます。
この作品で用いられている技法が「アップリケ」です。
ガラス器本体が凝固する前に別の溶けたガラスを貼り付けるテクニックですが、ガレは溶着した後、さらに彫刻を加えて昆虫や花など様々なモチーフを作りあげました。
またこの花器では本体部分に「サリシュール」というテクニックが用いられています。
青っぽい斑紋は、ガラスに混ぜられた金属酸化物の粉末によって生成されたもので、かつては「失敗」とみなされていたこうした技法を巧みに色彩表現としてガレは取り入れていました。
「グラヴュール」技法もアール・ヌーヴォー工芸で盛んに用いられたものです。
銅などの金属円盤を回転させることによってガラス表面を研磨しレリーフを象るテクニックです。
今回の展示ではイナゴを彫り込んだ「飛蝗文双耳花器」(個人蔵)にその典型を観ることができます。
ガレは伝統的なテクニックを駆使するだけではく、高度な技術が求められるガラス同士の象嵌技法「マルケトリー」といった独自技法の開発にも注力していました。
「パチネ」はガラス素地の中にわざわざ透明感を失わせる化合物を混ぜあわせることにより半透明感や斑紋などを生み出す技法で、あたかも古代のガラス作品を思わせるような効果が得られます。
ガレは1898年にこの「パチネ」について特許を取得しています。
「海洋生物文花器」(個人蔵)では器の上部に施されたパチネによる斑紋が独特の幻想的文様を生み出していて、貝やヒトデといった海の生き物と呼応。
アール・ヌーヴォー期特有の有機的な景色が創造されています。
「エナメル彩」は一般的なガラスの技法ですが、ガレの場合、描いた対象が独特です。
有名な「菊にカマキリ文花器」(ポーラ美術館蔵)にみられるようにいかにもジャポニスム的なデザインの作品はガレによる繊細なエナメル彩の技術によって仕上げられたものです。
こうした作品は「菊」といったモチーフによって日本が象徴的に投影されているのですが、中にはまるで四条派の松鷹図をそのまま写したような器もあります。
あまりにも直接的に日本画が貼り付けられているようにみえるため、かなりキッチュな印象を受けたりもしますが、当時はこのようなデザインへの需要もあったのでしょう。
どういう花を飾ったら良いのか迷う作品です。
さらに、こうしたかなり直接的な日本・東洋美術の引用が極端に現れた作品群が会場の最終コーナーにまとめて展示されています。
「山水風景文花器」です。
エッチングの技法を駆使して日本あるいは中国の山水図がかなり濃厚に写されています。
山水図にはみられないヴィヴィッドな彩色センスによって独特のデザインが創造されていますが、やや形式化が進んでいるようにも感じられます。
キャプションによれば、これらの作品はどうやらガレの没後に制作されたもののようです。
1904年、ガレが白血病によって58歳で亡くなった後、事業は親族に引き継がれました。
第一次世界大戦の影響でナンシーの工房はしばらくの間、生産停止を余儀なくされますが1918年には操業を再開したそうです。
「山水風景文花器」のシリーズはこの時期から生産されたのではないかと推測されています。
すでにアール・ヌーヴォーの盛期は終わり、天才的なデザイナー兼技術者でもあったエミール・ガレの存在が失われて以降のガレ工房では、こうした日本・東洋美術の直接的引用に活路を見出そうとしていたのかもしれません。
この展覧会では企画制作を川端丸太町のイムラアートギャラリーが担当しています。
決して広いとはいえない「えき」KYOTOの会場を上手に仕切りつつ、製作時期や技法による違いなどをある程度意識しながらガレ芸術の流れを辿る構成はとてもわかりやすいものです。
技法だけでなくモチーフの意味等を丁寧に解説したキャプション類も参考になりました。
超有名作品が並んでいるわけではないのですが、しっかりランプ類などを実際に点灯して見せ場をつくるなど、ツボを押さえたセノグラフィーが楽しめると思います。
写真撮影が解禁されている展覧会です。
ただし、作品自体の撮影はOKなのですが、壁面に展示されている写真パネルは不可となっているので撮影される方は注意が必要です。
平日の昼間、特に目立った混雑はありませんでした。
さて、ガレの没後120年を記念した企画は来年も続きます。
2025年2月からサントリー美術館が、現在開催されている富山展を引き継いで大規模な回顧展を予定しています。
こちらもどんな展示演出になるのか、非常に楽しみです。