ダネル弦楽四重奏団|2024.6.16 びわ湖ホール

 

室内楽への招待>ダネル弦楽四重奏団

■2024年6月16日14時開演
滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 小ホール

 

プロコフィエフ弦楽四重奏曲 第1番 ロ短調 op.50
シューベルト弦楽四重奏曲 第13番 イ短調 D804 「ロザムンデ」

シューベルト弦楽四重奏曲 第12番 ハ短調 D703 「四重奏断章」
プロコフィエフ弦楽四重奏曲 第2番 ヘ長調 op.92

 

ダネル弦楽四重奏団(Quatuor Danel)を鑑賞するのは今回が2度目です。
ただ、一昨年2022年6月、同じびわ湖ホールで鑑賞したときはショスタコーヴィチに関する「レクチャーコンサート」でしたから、本格的な演奏会の鑑賞は実質初めてとなりました。
今回もレクチャーコンサートが前日に開催されていましたが、都合がつかずそちらにはお邪魔することができませんでした。
2022年公演からさほど時をおかずして再びレクチャー公演とセットで演奏会の機会がもたれたということは、このカルテットとびわ湖ホールが良好な関係を結んでいるという証なのかもしれません。

北海道から始まり、東京、神奈川、福岡を経て最終公演地である滋賀に至るという今回の来日公演では、主にこのプロコフィエフシューベルトによるプログラムで臨んだようです。
(6月9日の札幌キタラと10日のサントリーホールではショスタコーヴィチピアノ五重奏曲を中心としたプログラムが、6月14日の武蔵野市民文化会館公演ではチャイコフスキー弦楽四重奏曲全曲が演奏されています)

opus-one.jp

 

プロコフィエフの2番が驚異的な名演でした。

1941年、独ソ戦が開始された年に作曲されたこの作品はベートーヴェン弦楽四重奏団によって翌1942年に初演されています。
ダネルQ(1991年結成)はこのベートーヴェン弦楽四重奏団の薫陶を受けたことで知られています。
もちろん1987年に既に解散していたベートーヴェンQ全員から教えを受けたというわけではないのでしょうけれど師匠筋にあたるカルテット所縁の作品であり、非常に大切にしているレパートリーであると思われます。

第2弦楽四重奏曲は北カフカース(現在のカバルタ・バルカル共和国)に伝わった民族音楽を、戦火を避け同地に一時滞在していたプロコフィエフが採り入れたことで知られる作品です。
ただ、ベタベタにローカルなカラーを主張させないところがこの作曲家の複雑な魅力であり、第2弦楽四重奏曲でも土俗性と近代的なセンスが絶妙に混淆しています。
民族音楽がもつ人懐っこい旋律感と作曲家独特のモダンな構成力を両立させる必要があることに加え、コルレーニョやスル・ポンティチェロといった特殊奏法も目まぐるしく要求される大変な難曲です。

例えばエマーソン弦楽四重奏団はそのスマートな音楽性によってどちらかというとローカル性をやや抑えた演奏に仕上げています。
一方、近年、私がよく聴いているパヴェル・ハース弦楽四重奏団の録音では旋律の歌謡性が重視されていて、伸びやかに抒情的な美が感じられます。

ダネルQは早めのテンポを設定することで、まずこの作品のモダン性を十分意識しつつ、ときに響きが粗野になることも厭わず、強烈に摩擦熱を帯びたボーイングと潔い特殊奏法の連発によって、ヴァナキュラーな魅力をも全開させていました。
モダン性と土俗性を中途半端にバランス良く配合するのではなく、同時にピークを目指すという、いわば「二兎を追いつつ二兎ともしとめる」という、圧巻のパフォーマンスだったと思います。

冒頭に演奏された第1弦楽四重奏曲も非常にハイレベルの演奏で、特に第3楽章で見せたデリケートなハーモニクスは絶品でした。
ショスタコーヴィチのエキスパートとして知られるこの団体ですが、プロコフィエフに関してもその解釈は第一級です。

 


www.youtube.com

 

ダネルQはとても面白いバランスで成立しているグループと感じます。
1stのマルク・ダネルがかなり表現主義的に起伏の大きい演奏を繰り広げるのに対し、他の3人はそんな彼を支えつつも演奏の骨格をきっちり守備して動じることがありません。
ただ瞬発力の高さを重視しているマルク・ダネルのヴァイオリンは必ずしも音程の面で万全に安定しているというわけではなく、時々、全体のハーモニーが大きく混濁する場面もみられます。
真ん中に置かれたシューベルトの2曲では、この作曲家らしいデモーニッシュさと抒情性がよく表現されていたとは思いますが、結構、マルク・ダネルが不安定になるシーンが多くプロコフィエフほどの感銘は受けませんでした。
とはいえ、微温的なシューベルトでは全く無く、全編に緊張感が行き渡った素晴らしい演奏だったと思います。

プロコ2番の熱演に、後方席の一部を除きほぼ満席となったホールの聴衆たちも万雷の拍手で応えていました。
アンコールは2曲。
マルク・ダネルが曲紹介を担当し、まずショスタコーヴィチの「ムツェンスク群のマクベス夫人」から編曲された「エレジー」(「弦楽四重奏のための2つの小品」 第1曲 )。
次いでチャイコフスキー弦楽四重奏曲第3番の第2楽章がサービスされました。
特に「エレジー」は柔らかく透明感が確保された名演だったと思います。

 


www.youtube.com

 

びわ湖ホールが継続している「室内楽への招待」は、音響の良さも相まって、非常にレベルが高いシリーズです。
ダネルQも引き続き是非登場してほしいと感じさせる素晴らしい演奏会でした。

 



 

 

倉俣史朗展の夢日記家具|京都国立近代美術館

 

倉俣史朗のデザインー記憶のなかの小宇宙

■2024年6月11日〜8月18日
京都国立近代美術館

 

昨年の秋、世田谷美術館からスタートした倉俣史朗(1934-1991)の回顧展が富山県美術館での展示を経て最終会場である京近美に巡回してきました。

この人のデザインにはどこか涼やかな美が感じられます。
猛烈に暑くなってきた京都にぴったりの展覧会となったようです。

www.momak.go.jp

 

三館がそれぞれに主催者となっていますが、この企画展を実質的に主導したのはどうやら富山県美術館とみられます。
図録に掲載されている総論的文章「再び、初めて、倉俣史朗と出会うように。」を富山県美の稲塚展子副主幹が書いています。
富山県美は倉俣の椅子を7種8脚収蔵、京近美は4点ほどの作品をコレクションに加えているそうです。
両館とも倉俣史朗の生前から彼の作品を紹介してきたミュージアムです。
一方、世田谷美術館は1978年から倉俣が終生住み続けた世田谷区にあることから企画に加わった関係にあるようです。

出展されている作品は富山県美と京近美の収蔵品に加え、倉俣作品を数多くプロダクトしてきた株式会社イシマル、クラマタデザイン事務所などが提供していますが、もう一つ、大きな存在感を放っているミュージアムがあります。
石橋財団アーティゾン美術館です。
倉俣恵美子夫人によって、2022年に代表作を含む作品群と貴重な資料がこの美術館に一括寄贈されたことから同館のコレクション品が多数この特別展にも出展されています。
もともとアーティゾンは旧ブリヂストン美術館時代から積極的に倉俣に作品を発注していて現在もエントランスに彼の「ガラスのベンチ」が置かれているほどこの作家と密接な関係にありました。
海外に流出する可能性もあったという倉俣コレクションが東京にまとめて残ったことは非常に大きな意義があると思います。

 

アーティゾン美術館に展示された倉俣史朗のチェアーセット(本展での展示はありません)

 

さて、倉俣史朗の最高傑作とされる作品が有名な「ミス・ブランチ」です。
当初56脚、のちに18脚が追加生産されたといわれるこのアクリル製チェアの内、今回はイシマル(1988年製)、富山県美術館(1993年製)、アーティゾン美術館(2012年製)と3つの現物を鑑賞することができます。
ちなみに、現在竹橋の東京国立近代美術館で開催されている「TRIO展」には大阪中之島美術館が所蔵する「ミス・ブランチ」(1989製)が展示されています。
東西の国立近代美術館をハシゴすると合計4脚の「ミス・ブランチ」に出会うことができます。
偶然とはいえなかなかに珍しい事態ではないかと思います。

art.nikkei.com

 

倉俣史朗「ミス・ブランチ」(アーティゾン美術館蔵)

 

ところで大阪中之島美術館は以前、「アートとデザイン」をテーマとした展覧会「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン」を開催したことがあります(2023年4月15日〜6月18日)。
各作品の前に鑑賞者がそれを「デザイン」とみるか「アート」とみるかを判別するタッチパネル式装置が設けられるという極めてユニークな企画展でした。
同館自慢のこの「ミス・ブランチ」も出展されていました。

nakka-art.jp

 

展覧会終了後、鑑賞者たちが各々の作品を「デザイン」としたか「アート」としたか、その結果が集計され同館のHP内で公開されています。
「ミス・ブランチ」は、デザインが38%、アートが62%という結果になっています。
判定装置は単純な二者択一型ではなく、両極の間にグラデーションが設けられていました。
つまり「どちらかというとアートかも」という人の結果も含まれています。
私はたしか、ややアート寄りの中間に近いあたりを選択したと記憶しているのでこの結果に違和感を覚えることはないのですが、よくよく考えてみるとかなり奇異な選択を多くの鑑賞者が行なったということがわかります。

 

倉俣史朗「ミス・ブランチ」(大阪中之島美術館蔵)(東近美TRIO展会場で撮影)

 

「ミス・ブランチ」は紛れもなく「椅子」です。
たしかに座り心地が良い椅子とは感じられませんが、かといって機能性を無視した「座ることができない椅子」ではありません。
製作工房によってきっちり製図通りに組み上げられた「座るための椅子」です。

何かの目的のために創造されたものを「デザイン」とし、その前提を必要としていないものを「アート」と単純素朴に区別するならば、「座る」という明確な目的をもって製造された「ミス・ブランチ」はどう考えても本来、「デザイン」極が選択されなければなりません。
にも関わらず、多数の鑑賞者がこの椅子を「アート」と認識してしまったということになります。
倉俣史朗の仕事がもつシンプルにして複雑な魅力が象徴されているようなアンケート結果でした。

倉俣自身もアートとデザインの境界線について意識していたようです。
彼は両者の「区別はない」としつつも「ちょうどガラス(アーティスト)とプラスチック(デザイナー)の関係と似ているように思います」と発言したことがあるそうです(図録P.146)。
「ミス・ブランチ」は「ガラスがプラスチックを真似る時代に入った」と倉俣が語った晩年の作品です。

倉俣史朗のスケッチから

 

今回の展示では倉俣が残したノートやスケッチがたくさん紹介されています。
彼は夢をみたとき、文字と絵の両方でメモをとっていたのだそうです(「夢のつづれ織り」図録P.205)。
スケッチにはとてもラフに描かれた情景が描かれています。
いずれもどこか重力から解放されているような不思議な浮遊感が表されているようにみえます。
悪夢ばかりみてしまう私からはとても想像できませんが、倉俣作品から感じられる独特の「軽み」「浮遊感」はひょっとすると彼がみたのであろう、素敵に不思議な夢の世界が大きな源泉となって現れているのかもしれません。
そう考えて彼の作品を観ていると、曲線を描く棚や姿を消すかのような硝子の椅子が、彼の「夢日記」に出てきた事物を現実化させた家具であるかのように感じられてきます。
でも、夢世界のデザインをそのまま製品化してもそれはデザインにはなりえないでしょう。
使えなければデザインとはいえず、作家の自由な構想に基づくアートに分類されてしまいます。
倉俣史朗はそれがどんなに現実離れしているような外観をもっていても、「機能」を疎かにしたことはないのです。
彼による極めて精緻な設計図をみると「使われる」ことがとても重視されています。
「ミス・ブランチ」がこれほど時を経ても愛され続ける理由は、やはりこの作品がどうしようもなく美しい「椅子」だからなのではないでしょうか。

 

 

写真撮影は「プロローグ」と題されたコーナーと3階会場に行く途中の中二階的スペースに設置された「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」1脚のみOKとなっています。
なおこの「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」は実際に座ることもできます。

また、これも有名な作品「ヨーゼフ・ホフマンへのオマージュvol.2」は取り付けられた電飾が日時を限定して短時間ですが実際に光ることになっています。
詳細は京近美のHPをご確認ください。

 

倉俣史朗「硝子の椅子」(アーティゾン美術館蔵)

 

 

会場には倉俣史朗が愛聴していたというLPレコードが何点か参考的に展示されていました。
グレン・グールドが弾いた1955年の「ゴルドベルク変奏曲」、レナード・バーンスタイン指揮NYPによるマーラー交響曲第9番小澤征爾指揮ボストン響のマーラー「巨人」(オリジナルではなく再発盤LP)。
前2者は定評のある名盤です。
小澤の「巨人」は当時としては珍しかった「花の章」が加えられた5楽章版でした。
夢幻的世界が広がる「花の章」は倉俣史朗の夢見た小宇宙にぴったりの音楽だったのかもしれません。
余談でした。

 

 

マーラー:交響曲第1番《巨人》(SHM-CD)

マーラー:交響曲第1番《巨人》(SHM-CD)

  • アーティスト:小澤征爾
  • ユニバーサル ミュージック
Amazon