木村伊兵衛回顧展|東京都写真美術館

 

没後50年 木村伊兵衛 写真に生きる

■2024年3月16日〜5月12日
東京都写真美術館

 

巨匠木村伊兵衛(1901-1974)のレトロスペクティヴが恵比寿で開催されています。
写美のB1展示室をまるまる使って160点余りの作品を紹介する充実した内容の企画展です。

東京都写真美術館

crevis.co.jp

 

本展の主催は東京都写真美術館ではありません。
主に写真関係の展覧会企画や書籍を出版する株式会社クレヴィスの主催で開催されていて、写美は共催として場所を貸している関係にあります。

「没後50年」を記念しているわけですが、本展は実は「生誕120年展」でもありました。
どういうことかというと、今回の木村伊兵衛展は2021年に秋田県立美術館で開催された「生誕120年 木村伊兵衛回顧展」(2021年11月13日〜2022年1月23日)のいわば巡回展なのです。
秋田の後、山形の土門拳記念館と富山の砺波市美術館を巡り、今年呼び名を「没後50年展」と変えて都内で開催されています。
足かけ4年とずいぶん息長く継続している回顧展です。

監修はこの人も日本写真界における巨匠、木村の高弟ともいえる田沼武能(1929-2022)です。
彼は秋田で開催された「生誕120年展」を見届けたかのように一昨年、93歳で亡くなっています。
膨大に残された木村伊兵衛の写真群から田沼とクレヴィスが選び抜いた作品が展示されているという意味で、決定版的な内容を持つ展覧会といえるかもしれません。

戦前の沖縄、著名人のポートレート、戦前戦後における日本各地の情景、秋田の人々やパリ周辺を写したカラー写真まで、多彩な作品が展示されています。
回顧される機会が非常に多い人ですから結構見慣れた写真も多いわけですけれど、最晩年に開催された個展「中国の旅」からの作品は不思議な生々しさが残っていて貴重な当時の展示プリント鑑賞機会ともいえそうです。

 

 

クレヴィスから出版されている本展の公式図録的な書籍「木村伊兵衛 写真に生きる」の中で飯沢耕太郎(1954-)があるエピソードを紹介しています。
高峰秀子を撮影した木村と土門拳(1909-1990)の対照的な被写体との向き合い方についてふれたその文章(P.9)によると、銀座を延々と歩かされていた高峰にピッタリと張り付くように離れずカメラを向け続けた土門拳に対し、女優の自宅を訪問した木村伊兵衛は彼女が着替えようとするところを制止した上で「自然に」振る舞う仕草を本人が気がつく間も無く30分程度で撮り切ってしまったのだそうです。

これも飯沢の文章によれば、写真嫌いで硬くなりがちだった泉鏡花を撮影する際には里見弴を相方として座らせて表情を和らげようとしたのだそうです。
たしかに二人のポートレートからはキセルを加えたこの作家がわずかに見せた素顔が切り取られたようにも感じられます。

木村伊兵衛は有名人から市井の名もない人たちまで、随分とたくさんの人物を撮った写真家ですけれど、同時にその被写体についてカメラの視線を意識させないことに徹底的にこだわった人ともいえます。
彼はカメラを向けられた人物が一瞬にしてまとってしまう仮面あるいは鎧のような被膜を何より嫌っていたようなところがあるように感じます。
木村の「スナップ写真」にみられる多くの人たちは彼のカメラ越しの視線を感じることなく写されてしまっています。
何気ない素ぶりに一瞬やどるその人が放った真実の詩情のような空気をとらえるという、離れ業的センスとテクニックが木村伊兵衛写真の一つの魅力なのでしょう。

 

collection.topmuseum.jp

 

横山大観を写した一枚もとても興味深い作品です(写美のデータベースで確認できます)。
1938年、上野池之端の自宅の庭で煙草を燻らす大観が写されているのですが、ここには豪快な笑顔で知られたこの画家の自信に満ちた表情が全くありません。
ぼんやりと池を眺めている大観の視線は何も見つめていないようでもあり、深く自身の中に潜水しているようにもみえます。
他方、同じ日本画家の上村松園については、この人の「仮面」を剥がすことに相当手こずった後がみられます。
松園の真実を写すため木村はなんと鏡を経由して、扇を写生する彼女をとらえています。

カメラの視線を堂々と受けとめながら真実の表情を提供している人も中にはいます。
谷崎潤一郎です。
1950年に熱海で撮影された作家のとても有名な肖像写真。
志賀直哉等ほとんどの人物が視線をカメラと合わせない中、この文豪は真っ直ぐに木村をみ返してその豊穣な存在感を露わにしています。
谷崎の、まるで逆に写真家の正体を見極めようとしているような、なんとも言えない自信に満ちた表情からは、それに圧倒されてしまったかのような木村伊兵衛の心境まで伝わってくるようです。
写す者と写される者の対峙そのものが奇跡的にとらえられた近代日本肖像写真の最高傑作です。

 

 

現在、「スナップ写真」は木村伊兵衛が生きていた時代よりもはるかに簡単に撮れるようになりました。
ほとんど全ての人たちがスマホという、ライカなど比較にならないくらい軽くて高性能な「カメラ」を肌身離さず持ち歩いています。
モノや情報であふれた世界はシャッターチャンスだらけといえるかもしれません。

しかし、木村がとらえた一瞬の詩情性となると、逆に極めてそれを写すことが困難になっているようにも感じられます。
行き交う人々の多くが「カメラマン」になってしまったこの時代では、写す方も写される方も真実の姿を晒すことを常に警戒しているし、稀に真実の表情が撮られてしまったとして、それを「作品」として公開することは物理的には極めて容易であっても肖像権侵害を理由として直ちに糾弾されるリスクを抱えることになります。

ただ木村伊兵衛の素晴らしさは人物中心のスナップ写真やポートレートだけにあるわけではありません。
本展のキービジュアルに採用されている作品はこれも非常に有名な秋田追分の「板塀」(1953)です。
情景そのものが存在そのものとして姿を現しているような圧倒的作品です。
木村伊兵衛流に人物スナップ写真を撮ったら現在の日本では盗撮とされてしまいそうですが、相手が塀と馬の尻尾だったらなんとかなるかもしれません。
もっともこうした事物が作り出す「詩情」もとても見つけることが困難な世の中になってしまっているようではあります。

 

なお会場内の写真撮影は一切不可となっています。

 

 

福田平八郎が描いた五郎丸屋の「薄氷」

 

大阪中之島美術館で開催されている「没後50年 福田平八郎」展。
実質的な後期展示が4月9日からスタートしています(終期は5月6日)。

ガラリと展示内容が変わるわけではありませんが、前期の目玉であった「鯉」(1921 皇居三の丸尚蔵館蔵)や「青柿」(1938 京都市美術館蔵)などに代わり、後期からは代表作の一枚「雨」(1953 東京国立近代美術館)が登場するなど、見どころの変化が楽しめると思います。

ただし本展の顔ともいえる重要文化財「漣」は4月9日〜23日まで作品保護を理由として一時お隠れになっていて代わりに複製品が展示されています。
個人的にはそこまできっちり一律的に文化庁の単なる展示指針に従う必要があるのかとも思いますが、守らないとあれこれ文句を言う人も出そうなので仕方がないことなのかもしれません。

チケットを購入する前に「漣が複製展示になっていることはご存知でしょうか」とスタッフの方から説明がありました。
こちらは「漣」がないために若干入場者が減るのではないかと推測してあえてこの期間に参上しているというひねくれた鑑賞者なのでちょっと申し訳ない気分になりつつも再鑑賞に至った次第です。

nakka-art.jp

 

会場の終盤近くのコーナーに一風変わった絵画が展示されています。

「うす氷」(大分県立美術館蔵)と題された一枚(通期展示)。
1949(昭和28)年に描かれたもので、本格的な日本画ではなく鉛筆と墨が主に用いられたやや写生画に近い作品です。

 

福田平八郎「うす氷」(大分県立美術館蔵)

 

お菓子を写した絵画です。
箱や包み紙と菓子の質感の違いが見事に描き分けられ、商標が書かれた紙片までもが実物のように再現されています。
軽い気分で描かれたと思われる小ぶりな絵画ですが、その分むしろ画家の写生テクニックに驚く逸品です。

ところで私は初めてこの絵をみたとき、京都の菓子屋で以前売られていた「洛味」という和菓子を平八郎が描いたのではないかと思いました。

「洛味」は祇園にあった「きぬかけ菓舗」というお菓子屋の名物で、和三盆と卵白で作ったプレート状の干菓子でした。
正方形に近いクリーム色をした板の菓子を少しずつ割って食べます。
口の中で和三盆の甘みがほろほろと雪のように溶けていく夢のように美味しいお菓子で、大好物だったのですがきぬかけ菓舗はかなり昔に店を閉じてしまいました。

「うす氷」は割ったときの「洛味」そっくりに見えたのです。
しかし残念ながらそれは勘違いでした。

ここに描かれている菓子は実は富山のものです。
小矢部市にある老舗、薄氷本舗五郎丸屋の看板商品として知られる銘菓「薄氷」です。

goromaruya.com

 

お店のホームページをみると「薄氷」は1752(宝暦2)年にこの店の五代目が考案したものなのだそうです。
「洛味」は確か戦後に売り出されたお菓子だったと思いますから、歴史は富山銘菓の方が遥かに長いということになります。

福田平八郎はおそらく土産として贈られたこの菓子を描いたのでしょう。
写生魔だった彼は面白く見えたものは何でも描きたくなる性分だったようで、「薄氷」のユニークに繊細な形状に惹かれ、食べる前にまず写してしまったようです。

会場のショップコーナーで五郎丸屋が本展のために特製した「薄氷」が売られていました。
手のひらにのるくらいの小さいパッケージの商品ですがそれなりのお値段がします。
ちょっと迷いましたが阿波の和三盆と卵白を使っているという説明をみて思わず「洛味」を思い出し買ってしまいました。

箱を開けると何やらふわふわしたクッション材のようなものが飛び出してきました。
しかしこれは化学繊維ではなく、なんと本物の綿でした。
割れやすい菓子を守るためとはいえ大変なこだわりです。

「薄氷」は台形や方形に近い形状のプレートが何枚か組み合わされた、その名の通りとても薄い干菓子です。
噛むとわずかに歯応えがあります。
生地には卵白に加えもち米が配合されていてそれを和三盆の膜がコーティングしています。
非常に繊細な食感と甘みを感じることができる美味な菓子です。

表面に現れたほのかな光沢の美しさと微妙な陰影に平八郎は惹かれたのかもしれません。

日持ちも良くお店のオンラインショップなどでも簡単に購入できます。

 

先述の通り「漣」は休憩中でしたが、来客が少なくなるだろうと見越したこちらの予想は外れ、前期展を鑑賞したときよりもちょっとお客さんの数は増えているように感じました(平日)。
ただ、どんどん入場前行列が長くなりとんでもないことになっている同時開催中の「モネ展」に比べればかなりゆったりと鑑賞できると思います。

なお今回「漣なし」期間に鑑賞した人には再展示された後に一般料金として800円お得な1000円で入場できる特別割引券が渡されます。

福田平八郎展版の「薄氷」パッケージ

五郎丸屋「薄氷」(福田平八郎展ショップで購入)