福田平八郎が描いた五郎丸屋の「薄氷」

 

大阪中之島美術館で開催されている「没後50年 福田平八郎」展。
実質的な後期展示が4月9日からスタートしています(終期は5月6日)。

ガラリと展示内容が変わるわけではありませんが、前期の目玉であった「鯉」(1921 皇居三の丸尚蔵館蔵)や「青柿」(1938 京都市美術館蔵)などに代わり、後期からは代表作の一枚「雨」(1953 東京国立近代美術館)が登場するなど、見どころの変化が楽しめると思います。

ただし本展の顔ともいえる重要文化財「漣」は4月9日〜23日まで作品保護を理由として一時お隠れになっていて代わりに複製品が展示されています。
個人的にはそこまできっちり一律的に文化庁の単なる展示指針に従う必要があるのかとも思いますが、守らないとあれこれ文句を言う人も出そうなので仕方がないことなのかもしれません。

チケットを購入する前に「漣が複製展示になっていることはご存知でしょうか」とスタッフの方から説明がありました。
こちらは「漣」がないために若干入場者が減るのではないかと推測してあえてこの期間に参上しているというひねくれた鑑賞者なのでちょっと申し訳ない気分になりつつも再鑑賞に至った次第です。

nakka-art.jp

 

会場の終盤近くのコーナーに一風変わった絵画が展示されています。

「うす氷」(大分県立美術館蔵)と題された一枚(通期展示)。
1949(昭和28)年に描かれたもので、本格的な日本画ではなく鉛筆と墨が主に用いられたやや写生画に近い作品です。

 

福田平八郎「うす氷」(大分県立美術館蔵)

 

お菓子を写した絵画です。
箱や包み紙と菓子の質感の違いが見事に描き分けられ、商標が書かれた紙片までもが実物のように再現されています。
軽い気分で描かれたと思われる小ぶりな絵画ですが、その分むしろ画家の写生テクニックに驚く逸品です。

ところで私は初めてこの絵をみたとき、京都の菓子屋で以前売られていた「洛味」という和菓子を平八郎が描いたのではないかと思いました。

「洛味」は祇園にあった「きぬかけ菓舗」というお菓子屋の名物で、和三盆と卵白で作ったプレート状の干菓子でした。
正方形に近いクリーム色をした板の菓子を少しずつ割って食べます。
口の中で和三盆の甘みがほろほろと雪のように溶けていく夢のように美味しいお菓子で、大好物だったのですがきぬかけ菓舗はかなり昔に店を閉じてしまいました。

「うす氷」は割ったときの「洛味」そっくりに見えたのです。
しかし残念ながらそれは勘違いでした。

ここに描かれている菓子は実は富山のものです。
小矢部市にある老舗、薄氷本舗五郎丸屋の看板商品として知られる銘菓「薄氷」です。

goromaruya.com

 

お店のホームページをみると「薄氷」は1752(宝暦2)年にこの店の五代目が考案したものなのだそうです。
「洛味」は確か戦後に売り出されたお菓子だったと思いますから、歴史は富山銘菓の方が遥かに長いということになります。

福田平八郎はおそらく土産として贈られたこの菓子を描いたのでしょう。
写生魔だった彼は面白く見えたものは何でも描きたくなる性分だったようで、「薄氷」のユニークに繊細な形状に惹かれ、食べる前にまず写してしまったようです。

会場のショップコーナーで五郎丸屋が本展のために特製した「薄氷」が売られていました。
手のひらにのるくらいの小さいパッケージの商品ですがそれなりのお値段がします。
ちょっと迷いましたが阿波の和三盆と卵白を使っているという説明をみて思わず「洛味」を思い出し買ってしまいました。

箱を開けると何やらふわふわしたクッション材のようなものが飛び出してきました。
しかしこれは化学繊維ではなく、なんと本物の綿でした。
割れやすい菓子を守るためとはいえ大変なこだわりです。

「薄氷」は台形や方形に近い形状のプレートが何枚か組み合わされた、その名の通りとても薄い干菓子です。
噛むとわずかに歯応えがあります。
生地には卵白に加えもち米が配合されていてそれを和三盆の膜がコーティングしています。
非常に繊細な食感と甘みを感じることができる美味な菓子です。

表面に現れたほのかな光沢の美しさと微妙な陰影に平八郎は惹かれたのかもしれません。

日持ちも良くお店のオンラインショップなどでも簡単に購入できます。

 

先述の通り「漣」は休憩中でしたが、来客が少なくなるだろうと見越したこちらの予想は外れ、前期展を鑑賞したときよりもちょっとお客さんの数は増えているように感じました(平日)。
ただ、どんどん入場前行列が長くなりとんでもないことになっている同時開催中の「モネ展」に比べればかなりゆったりと鑑賞できると思います。

なお今回「漣なし」期間に鑑賞した人には再展示された後に一般料金として800円お得な1000円で入場できる特別割引券が渡されます。

福田平八郎展版の「薄氷」パッケージ

五郎丸屋「薄氷」(福田平八郎展ショップで購入)