森田慶一 京都大学楽友会館

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2021年3月7日まで京都国立近代美術館で開催されている「分離派建築会100年」展。

本展でも紹介されている、分離派建築会創立メンバーの一人である森田慶一の初期を代表する建築が、東山近衛、京都大学吉田キャンパスに隣接する一角に残されています。

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1925(大正14)年建造の京大楽友会館。

大学創立25周年を記念して建てられたものです。

森田慶一は東京帝大の出身ですが、この頃、京大建築学科を仕切っていた武田五一に招かれ助教授の任についていました。

近衛通に面して玄関を開く2階建ての鉄筋コンクリート造り。

真っ白い壁面にリズミカルな窓が並ぶ、軽快で晴朗な印象を与える建物です。

特徴的なのは玄関の上にのるアーチ型の庇とそれを支えるY字型の柱。

庇にはスパニッシュ瓦の鮮やかな色彩。

他方、Y字柱はマッスを主張させるためか彩色が施されていません。

森田慶一は後に『ウィトルーウィウス 建築書』を翻訳したことでも有名ですが、分離派建築会時代のこの楽友会館でも、ウィトルウィウスが重要視した建築デザイン上の三つの要素、すなわち「強さ」(フィルミタス)、「用」(ウティリタス)、「美」(ウェヌスタス)がすでに十分意識されているように感じます。

全体的には虚飾を排し大学関係者たちが集うという「用」の目的に徹しながら、がっしりとしたY字支柱からは「強さ」が視覚的にも存分に伝わってきます。

そして、アーチ庇の持つ明るい美。

ウェヌスタス」は「快楽」、「喜び」とも訳される言葉です。

伸びやかな曲線とスパニッシュ瓦の陽性な色彩はまさに「ウェヌスタス」。

「楽友」というこの建物のネーミングにも偶然かもしませんが、合致した印象を受けます。

森田は分離派建築会散開後、表現主義的要素を捨象して古典的な造形を志向していきます。

ウィトルウィウスの3要素の内、「ウェヌスタス」を最も素直に瑞々しく表した森田作品が京大楽友会館といえると思います。

惜しいのはファサード上面を横切る電線。

岩元碌の旧京都中央電話局西陣分局舎もそうなのですが、表情豊な建築の顔に無神経に走る黒い線が忌々しい。

「分離派建築会100年」展の図録に掲載されているこの建築のファサード写真には電線が写っていないので、どういう距離と角度で撮ったのか不思議です。

西陣分局舎ほど複雑に被さっていないので、ひょっとしたらデジタル修正でデリートできたのかもしれません。

 

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ウィトルーウィウス建築書 (東海選書)

ウィトルーウィウス建築書 (東海選書)

 

 

アーティゾン美術館開館1周年

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STEPS AHEAD: Recent Acquisitions 新収蔵作品展示

■2021年2月13日〜5月9日
■アーティゾン美術館

 

開館から1年。

アーティゾン美術館が最新収蔵品を含め、全館を使ってたっぷりコレクションを披露する超拡大版常設展です。

 

いつもは企画展として使用される2つのフロアも含め、4階から6階まで、広大な空間を全て自前の石橋財団コレクションで埋め尽くす。

そのボリュームだけでも圧倒される展示数です。

しかも内容があまりにも多岐にわたっているので頭の中を整理しながら鑑賞しようとすれば最低でも2時間は必要と思われます。

質、量共に都心の私設美術館としてその底力は群を抜く存在であることを再確認しました。

 


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常設コレクションの顔でもある藤島武二青木繁による重要文化財4作品。

天平の面影」、「黒扇」、「海の幸」、「わだつみのいろこの宮」。

連続して贅沢に展示されています。

 

それらの傑作に囲まれて新蔵品である藤島武二「東洋振り」が展示室中央に一際華やかに飾られています。

1956年、石橋財団がコレクションを形成しはじめた当初から力点をおいてきた日本近代洋画の傑作収集。

その流れをアーティゾン時代でもしっかり継承していく姿勢がまず打ち出されているという印象を受けます。

 

カイユボットの「ピアノを弾く若い男」は2011(平成23)年と比較的新しくコレクションに加わった作品ですが、以前からお馴染みのルノワールと共にこのところ常設展に出ずっぱり。

美術館自慢の一枚になったようです。

松本竣介の「河岸風景」も2017(平成29)年とかなり最近の収蔵品。

かつての新橋・蓬莱橋あたりを描いとされる一枚。

底知れない陰翳表現に惹き込まれます。

 


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ベルト・モリゾ、メアリー・カサット等、女流印象派をコレクションに加えはじめたとしていますが、女性画家という点で見ると、むしろ、今回の展覧会ポスターにも採用されているエレイン・デ・クーニングに代表される抽象画家たちの方に質の高い作品が揃えられていると感じました。

その大胆さと繊細さを兼備した表現。

 

オーストラリア、アボリジニを出自とするアーティストたちの鮮烈な色彩をまとった絵画も近年のコレクション。

この美術館の、いわゆる「多様性」への目配りも感じられます。

 

ブリジストン美術館閉館後5年間。

長いとも短いともとれる時間です。

この間、じわじわとマスターピースを買い揃える一方で、一気にコレクション化した一群が見られます。

例えば「瀧口修造実験工房」関連の作品。

今までの収集傾向からはやや逸脱しているようにみえますが、展示されている作品から伝わる独特の異空的洗練は、ヴェネツィアビエンナーレで日本人作家を多年にわたって支援してきたこの美術館の現代的センスを想起させます。

「具体」のコレクションも本家兵庫県美術館に質の面ではまったくひけをとらない傑作揃い。

クレー、カンディンスキーマチスデュシャン等、総花的に収集するのではなく、一定の「好み」をもって作家単位で集めていく姿勢は私設系ならではでもあり、その審美眼は連綿と維持されているようです。

 

とにかく見どころ満載です。

海外からの出張品がなくとも十分一つの私設コレクションだけで多彩かつ濃密な美的体験が味わえることを体現した見事な展覧会。

コロナの制約を奇貨として各々の国内美術館が所蔵品だけであらためて実力を示す企画がもっとあっても良いのではないかとも考えさせられました。

 

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