
ビターズ・エンドの配給により8月7日よりドイツ映画「白パンと独裁者」(Amrum 2025)が各地のミニシアターで公開されています。
毎年とめどもなく製作され続けているナチスをテーマとした映画の一つですが、軍人たちはほとんど登場しません。
前線での戦闘やホロコーストを直接描写したシーンもありません。
一人の少年の視点、体験を通して世界の価値そのものが変容していく有様が実に丁寧に描かれていく93分の「戦争映画」です。
ファティ・アキン監督最新作『白パンと独裁者』 | 8.7 Fri.公開
ドイツ語原題である"Amrum"はデンマークとの国境に近いドイツ北部、シュレスヴィヒ=ホルシュタイン州にある島の名前です。
白く美しい干潟をもった小さい島の全景が冒頭近くに登場します。
「白パンと独裁者」はそれなりによく考えられた邦題だとは思います。
ただこの映画はアムルム島から全くといって良いほど視点を動かそうとはしません。
ベルリンやハンブルクといったドイツ「本土」の地名は出てきてもその描写は一切ありません。
全てがアムルム島で起こったことを描いている映画ですから、やはり本来のタイトルは「アムルム」がふさわしいのではないかと思われました。
「拠り所」をめぐる物語といっても良いかもしれません。
主人公である少年ナニング(ジャスパー・ビラーベック)の母親ヒラ(ローラ・トンケ)が強固に拠り所としているものははっきりしています。
ナチスと総統ヒトラーの存在です。
ナニングもナチス少年団の一員として党に忠誠を誓っているようにみえます。
しかし彼のそれは母とは微妙に違っています。
ナニングが拠り所としている存在はナチスというよりも、それを信奉している「母」そのものです。
ヒトラーの死亡が公表された後、ナニングがそれまで暗誦していた少年団の心構え文句を唱えることを拒む場面があります。
彼にとってナチス自体は実は最重要な存在ではなく、それを拠り所とする母の価値観に依拠しているに過ぎないことがわかります。
他方、アムルム島の住民たちが拠り所としているものはナチスではありません。
もっといえばドイツという国ですらないようです。
住民たちは「島」自体を拠り所としています。
島の少年たちは東欧からの引揚者たちを差別しつつ、ドイツ本土であるハンブルクから島に事実上疎開してきたナニングも仲間とは認めようとしていません。
ナニングはナチスとは違った拠り所をアムルム島に求めようとしますが、それも拒絶されているわけです。
でもアムルム島の人々も郷土愛だけに生き、島にへばりついて生きていくことを是としているわけではないのです。
小さく、有力な産業もないこの島から「出て」はじめて一人前のアムルム島人と認められるという、非常に複雑なアイデンティティをもっています。
この映画は「拠り所」のもつ強さと脆さ、その不確定性を描いた作品なのではないかと感じました。
出産とヒトラーの死という二つの衝撃的な出来事に同時に見舞われた母ヒレは鬱状態になり、食事もほとんどとらなくなります。
母を強い拠り所としているナニングにとってこれは重大な事態でした。
母が唯一、口にしたいと言った「白パンと蜂蜜」を求めて、物資が窮乏している島の中をナニングが走り回る様子が描かれていきます。
映画はナニングの視点を常に意識しながら進行していきます。
白パンの製造に必要な素材を一つ一つ手に入れていく彼に迷いは一切ありません。
12歳の少年らしい直情的な心境が実に丁寧に描写されていきます。
そのプロセスの中で、彼は野ウサギやアザラシといった島の動物たちの生死と直面します。
観念的な価値観に揺さぶりがかけられ、さらに島の古人たちから母が行った過去の行為などを教えられる中、ナニングの心理に微妙な変容が現れていきます。
そのプロセスは非常に過酷ですが、彼が泣き言を呟いたり涙を見せることはありません。
ナニングの母を拠り所とする価値観自体が揺らぐことはないのです。
それゆえに、なんとか「白パンと蜂蜜」を手に入れて母に差し出したときの彼の絶望が際立ちます。
母に拒絶されてはじめて彼は子供らしく泣き崩れることになります。
ヒトラーの死でも敗戦でもなく、白パンを口にしなかった母によって彼の中の一つの世界が崩壊したようです。
「母という絶対的な価値」ではなく彼女の「理不尽さ」そのものに気がついたとき、母を「拠り所」ではなく「母親」としてあらためて認識し、「甘える」ことができたということなのでしょう。
非常に感動的で、ジャスパー・ビラーベックの素晴らしい演技と監督ファティ・アキン(Fatih Akın 1973-)の抑制された演出が冴えた場面でした。
映画の最後にアムルムの干潟に立つ一人の老人の姿が写し出されます。
年老いた現在のナニングの姿が表現されているようにみえますが、エンドクレジットでこの老人がハーク・ボーム(Hark Bohm 1939-2025)その人であったことがあきらかにされます。
この映画の共同脚本を書いたドイツの映画人です。
「白パンと独裁者」はボームの少年時代の実体験がベースになっている映画です。
全体的にアムルム島の非常に美しい映像が連続する詩的な作品ですけれども、細部の描写や演出にはどこかとてもリアルさが伴っているようにも感じられます。
その真実味の秘密がラストでボームがみせる瞳の中にあるようにも思われました(ボームはこの映画が公開された2ヶ月後、86歳で亡くなったそうです)。
非常に見事な、戦闘を描かかない「戦争映画」だったと思います。
