レオポルド美術館展のコロマン・モーザー|東京都美術館

 

レオポルド美術館 エゴン・シーレ展 ウィーンが生んだ若き天才

■2023年1月26日〜4月9日
東京都美術館

 

この展覧会、主役は当然にエゴン・シーレですが、彼以外のアーティストによる見応えのある作品もたくさん来日しています。

 

中でもコロマン・モーザー(コロ・モーザー Koloman Moser 1868-1918)晩年の絵画に惹かれました。

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コロマン・モーザーといえば、ヨーゼフ・ホフマンと並ぶ、ウィーン世紀末を代表するデザイナーということになっていて、まるで思い出したようにときどき繰り返される「ウィーン分離派」あるいは「ウィーン工房」が関係した企画展で必ずといって良いほど登場する、いわばお馴染みのアーティストです。

特に彼の家具、工芸は人気が高く、豊田市美術館や大阪中之島美術館といったところにコレクションされていることもあって、この国でも彼がデザインした作品を目にすることは、比較的、容易です。

 

www.museum.toyota.aichi.jp

 

 

コロマン・モーザーのアームチェア(大阪中之島美術館で撮影)

 

 

でも、モーザーの「絵画」となると、あまり接する機会がないのでは、とも思います。

 

レオポルド美術館のコレクションを形成したルドルフ・レオポルド(Rudolf Leopold 1925-2010)が、まず集めはじめた画家はエゴン・シーレでした。

レオポルドはさほど資金力があったわけではないウィーンの眼科医ですが、絶妙に鋭い審美眼の持ち主だったようです。

徐々に収集活動を活発化させていったこの人は、次第にシーレ以外の、分離派や表現主義画家の作品に手を広げていくことになります。

その中に、コロマン・モーザーも含まれていました。

 


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クリムトやホフマンと共に、時代を象徴するアーティストであったモーザーの代表的な仕事は、やはりグラフィックデザインや、椅子などの家具や宝飾といった工芸分野でしょう。

でも、分離派やウィーン工房から離れた彼が最後に選んだアートは、「絵画」でした。

 

ルドルフ・レオポルドは抜け目なくそんなモーザー晩期の傑作をしっかりコレクションに加えていたようです。

代表作、「洞窟のヴィーナス」が来日しています。

artsandculture.google.com

 

不思議な絵画です。

「洞窟」のヴィーナスといえば、モーザーが意識していたかどうかはわかりませんし、全く別の由来から描かれているのかもしれませんけれども、私は、直ちにヴァーグナーの「タンホイザー」に出てくる「ヴェーヌスベルク」を連想してしまいます。

外の世界から隔絶された快楽の園「ヴェーヌスベルク」の内奥で、騎士タンホイザーを誘惑する美の女神は、なんとなくピンク色っぽいイメージと妖艶な表情が似合いそうなのですが、モーザーが描くヴィーナスは全くそうしたイメージから、かけ離れています。

エロティックさを表現するには不向きともいえるイエローやグリーンが支配する図像からは、タンホイザーではなく、彼女自身が、むしろ、官能の世界から一歩、外界に踏み出そうとしているような、決然とした姿勢がみてとれるようです。

でも、一見キリッとしたヴィーナスがまくりあげようとしてしているヴェールのような物体は、柔らかい弾力を帯びていて、その曲線は「皮膜」的でもあります。

造形の強靭性と描かれている象徴の官能性が矛盾しつつも合一しているという、傑作です。

 


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ウィーン分離派のメンバーたちを写した有名な集合写真の中で、まるでローマ皇帝のごとく椅子に腰掛けるクリムトの膝下にちゃっかり座り込んでいるのがコロ・モーザーです。

なんとなく愛嬌がある、人気者的なイメージが漂う人。

でも、結局、盟友ホフマンと立ち上げたウィーン工房から、1907年、喧嘩別れのような状態で離脱してからは、どのグループにも属さず、画家として、新境地を開いていくことになります。

 

今回、数は少ないのですが、モーザーが描いた風景画がいくつか、展示されています。

これがとても素晴らしいのです。

モーザーは、スイスのフェルディナント・ホドラーと出会っていて、彼に随分と影響を受けたようです。

「雲の習作」(1914頃)と題された作品は、具象と抽象が混淆し、その微妙な色彩配置はたしかにホドラーの風景画を想起させられるところがあります。

コロマン・モーザー「雲の習作」

 

また、さらに驚いた作品が「山脈」(1913)と題された一枚。

ウィーンの南西部に位置するというゼメリンクから眺めたアルプスの一部、ラック山の稜線が描かれているのですが、線と限定的な色彩だけで表現された山々の姿は、驚くほどモダンな雰囲気を漂わせていて、ここにはもはや世紀末ウィーンの頽廃美は微塵も見られません。

図録の解説では「日本の木版画の影響」が指摘されていますが、このシンプルな遠近法は、遠祖をたどれば、浮世絵の遥か以前、室町の水墨画にすら到達しそうです。

コロマン・モーザー「山脈」

思い返してみると、モーザーの、例えば有名な椅子にしても、十分装飾的ではあるものの、その基本は実にシンプル。

この人は、「かざり」のコアにある「かたち」を常に意識していたデザイナーでもありました。

85歳になる1956年まで生きたヨーゼフ・ホフマンに対し、コロマン・モーザーは50歳で亡くなっています。

レオポルド・ミュージアムに残された彼の風景画を観ると、まさに「これから」といった感じがします。

エゴン・シーレとは違う意味で、コロマン・モーザーも、「夭折」の人だったのかもしれません。