パリ・オペラ座展|アーティゾン美術館

 

パリ・オペラ座−響き合う芸術の殿堂

■2022年11月5日〜2023年2月5日
■アーティゾン美術館

 

マネ、ドガの傑作から作曲家たちの貴重な自筆楽譜、さらにはディアギレフ愛用の帽子まで。

質と量を兼備したおそるべき大企画展。

じっくり楽しむとすれば3時間は必要かもしれません。

www.artizon.museum

 

キービジュアルにシャルル・ガルニエが設計したオペラ座、「ガルニエ宮」が採用されていますから、てっきりベル・エポックとそれに関連した印象派たちあたりを絡めたよくありがちな特集展かと思っていました。

もちろんそうしたパートもあったのですが、あくまでも一部に過ぎません。

 

本展の実態は、350年に及ぶパリ・オペラ座の全貌に京橋で徹底的に迫ろうという、途轍もない内容。

あまりにも驚きの展示品が連続していたため、鑑賞中、ちょっと慌ててしまったくらいです。

 

さて、パリ・オペラ座はその起源をルイ14世の宮廷劇場においています。

リュリからラモーへと受け継がれた太陽王創生のフランス・オペラは、ある意味、革命前までが最も輝いていたといえるかもしれません。

音楽史上、一般的に「バロック」とされるこの時代の音楽について、フランスではあえて「古典音楽」と呼んで自負していることからもそのことがうかがえます。

贅が尽くされた舞台装置や、華麗かつ奇抜な衣装姿の歌手たちが描かれた当時の記録絵画が眼に愉しくうつります。

 

 

まずびっくりしたのはラモー(Jean-Philippe Rameau 1683-1764)の自筆楽譜です。

「レ・パラダン(Les Paladins)」の序曲冒頭部分の楽譜そのものが展示されていました。

ざっくり250年前、1760年頃にラモーその人の手によって記された音符を実見することができます。

目まぐるしく上下する16分音符の連なり。

別にモーツァルトのKV.299c、パントマイム音楽の自筆も展示されているのですが、サラッと記されたモーツァルトに比べてラモーのそれはやや几帳面さが現れていて、両天才の気質の違いを垣間見ることができます。

 


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本展にはフランス国立図書館が全面的に協力、というよりほぼアーティゾンと共催関係にあるような立場で企画に与しているようです。

夥しい特級の資料が提供されています。

自筆楽譜では、グルックの「オルフェオとエウリディーチェ」、ロッシーニの「ギョーム・テル(ウィリアム・テル)」などオペラ座でかけられた各時代を代表する名作がピックアップされていました。

 

中でもおもしろかったのは、パリ・オペラ座にとって、因縁深い二つのオペラ、ヴェルディの「ドン・カルロス」とヴァーグナーの「タンホイザー」に関する展示。

どちらも自筆楽譜をみることができます。

ドン・カルロス」はパリでの成功を目論んだヴェルディオペラ座(ル・ペルティエ劇場時代)のために手がけた彼の最高傑作の一つ。

ところが、1867年3月の初演時、臨席していたナポレオン3世の皇后ウージェーヌが、オペラの内容に嫌悪を示し途中退場してしまうというハプニングに見舞われ、結局成功を収めることはできませんでした。

 


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また、「タンホイザー」は、こちらもフランスでの名声を高めようと企図したヴァーグナーが、わざわざこの劇場のためにバッカナール「ヴェーヌスベルクの音楽」を追加して臨んだにもかかわらず、当時の慣習であった「2幕以降」ではなく「1幕」にそのバレエを組み込んでしまったため、プライド高いパリの観客たちに意図的な悪意をもって遇せられるというスキャンダラスな結果に終わったオペラ。

2作品とも、オペラ座にとってある意味、不名誉な歴史となっているにも関わらず、きっちり取り上げているところにフランス国立図書館の貫禄を感じます。

 


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もっとも、「ドン・カルロス」の場合、パリでの失敗が、後にイタリア語版「ドン・カルロ」の成功につながり、現在の仏語・伊語、二カ国語でさまざまなバージョンを楽しめる状況をつくりだしたとも言えるし、「タンホイザー」も、オペラ座の存在がなければ「パリ版」も誕生していなかったわけですから、「劇場」そのものが作品に大きく関与したという意味では、パリ・オペラ座を代表する作品と言えるかもしれません。

 

 

ヴェルディも高く評価し、「ドン・カルロス」ではポーザ侯爵ロドリーグ役を演じたバリトン歌手、ジャン=バティスト・フォール(Jean-Baptiste Faure 1830-1914)。

この人がトマ作曲の「ハムレット」を演じている衣装姿をマネが描いています。

ハムレット役のフォールの肖像」がそれ。

ハンブルク美術館とフォルクヴァング美術館、両館が蔵する二種類の巨大な肖像画が並べて展示されていました。

マネ作品の最初のコレクターともいわれるフォールの、ハムレットにしては少し緊張感がない、逆に彼の劇場人としての「素」が捉えられているような独特の表情が印象的な傑作です(フォール本人は気に入らなかったというオチまでつく)。

 

artsandculture.google.com

 

他方、オペラ座といったらはずせないドガは、メトロポリタン美術館のそれと並び称される有名作品「バレエの授業(ダンス教室)」がオルセーからやってきています。

非常に近接して鑑賞することができました。

奥でパトロンとみられる男性といちゃつくダンサーの姿までしっかり視認できるくらいに。

 

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/3a/Edgar_Degas_-_La_Classe_de_danse.jpg/1920px-Edgar_Degas_-_La_Classe_de_danse.jpg

 

絵画や楽譜だけではなく、衣装や小道具そのものや、彫刻など、実に様々なメディアが揃えられています。

有名なマイヤベーアの胸像はかなりデリケートそうなテラコッタ

こんなものまで惜しげもなく貸し出すフランス国立図書館と、それに応えたアーティゾン美術館の本気度が随所に感じられました。

 

規模の大きさと内容の特級さ。

国公立のミュージアムでもこれほど質の高い企画展を開催することは容易なことではないと思います。

分厚い図録の素晴らしさも含め、アーティゾン美術館の底力を見せつけられるような素晴らしい展覧会でした。

来年の2月5日まで。

非常に優れた展覧会ですが、他地域への巡回はありません。