「日本の仮面」展のメンドン|国立民族学博物館

 

みんぱく創設50周年記念特別展 「日本の仮面 芸能と祭りの世界」

■2024年3月28日~6月11日
国立民族学博物館

 

吹田の万博記念公園に建つ国立民族学博物館の「開館」は1977(昭和52)年です。
しかし正式な機関としての「創設」はその3年前である1974(昭和49)年に遡ります。

今年2024年、組織体としての誕生から50年となる節目を迎えた民博による大仮面展です。
縄文時代の遺物から現代のプロレス・マスクまで、マニアックな仮面の数々に圧倒されました。

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民博が企画しているわけですから、美術的視点から日本における仮面の歴史をたどるという展覧会ではありません。

例えば法隆寺東大寺に伝わった伎楽面は全く登場していませんし、能の家に受け継がれた名品などもほとんど展示されていません。
民博はそうした宗教勢力や権力者、芸能文化の中心に属した文物を核として日本の仮面史を語ってしまうことをあえて避けています。
そこがこの特別展の非常に面白いところです。

笹原亮二民博教授が図録に収録されている総論の中で述べている通り、伎楽面やレガシーとして受け継がれた能面の名作等は、この国の中でもごく少数の階層によって愛でられてきたわけで、使用される場所も限られていました。
こうした美術的に価値が高いとされている仮面だけを歴史的視点からトレースしても「日本の仮面」という非常に大きなこの企画名に応えることは確かにできません。

 

 

この展覧会では、模刻された作品も一部展示されていますが、大半が全国の祭礼等で実際に使用されてきた仮面です。
親しみやすいキャラが表現されているものもあれば、ホラーの世界から飛び出してきたようなおぞましい造形をみせる仮面もあります。
そのどれもが奇妙に「生々しい」のです。
一級の文化財としてミュージアムや寺社の宝物館に収められてきた仮面とは違う迫力が伝わってきます。
画像や写真でみるとその素朴さのみが目立ちますけれど、実物の仮面にはそれを作った人、つけた人の情念が張り付いているような凄みが感じられます。
夢に出てこられたらちょっと困るようなインパクト絶大な仮面もたくさんありました。

各地域に根ざした仮面は唖然とするほど多種多様です。
しかし神々や仏、能における典型的な役柄など、ある程度原形が推測できるスタイルをとった仮面が多いのも事実です。

ところが、どう見ても何をモチーフにしたのか、何をベースに創造された造形なのかわけがわからない仮面があります。
鹿児島県の硫黄島に伝わる「メンドン」です。

 

メンドン

 

メンドンは島の祭礼において主役である踊り手たちや観客にちょっかいを出しつつ祭りを盛り上げるという異形のキャラクターです。
若い女性をさらってしまうこともあるというなかなかに荒々しい一面を持ってもいます。
メンドンになってしまった者はその正体を明かす必要もないというさらに恐ろしいルールもあるそうです。
聖と俗が渾然一体となり安易なカテゴライズを拒否する魔性の存在です。

多くの仮面がある程度人間や神獣、動物を模しているのに対し、メンドンは何が元になっているのか全く見当がつきません。
渦巻き模様を伴いながら左右に広がった耳を思わせる造形。
羽虫が変化したような目の表現。
仮面の中央から飛び出す先鋭な突起物。
人でも獣でもない、なんだかわからないけれどどうやら霊的な力はもっているような存在としてメンドンのマスクはデザインされているようです。
平面的な仮面が多い中、メンドンは極めて立体的で、赤と黒を主体にした色彩のセンスも独特です。
かといって、全体的にみると恐怖のモンスターという雰囲気からは遠くどこか愛嬌すら感じさせる不思議。
何の予備知識もなくこの仮面をみせられたら、一種のモダンアートなのではないかと感じてしまうくらいユニークな仮面なのです。

 


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薩摩硫黄島は噴煙たなびく過酷な自然環境ではありますが、ガラパゴスのように孤立していた島ではありません。
平安末期にはここに平家物語で有名な俊寛藤原成経、平頼康等が流されていて、彼らが勧請したという伝承が残る「熊野神社」もあります。
流刑地という性質から1000年以上、ある意味「中央」との直接的なつながりがあった島ともいえます。
しかしメンドンには「和風」の要素がほとんど感じられないのです。
どういう経緯でこのようなデザインが生まれ継承されてきたのか、ひどく興味をもってしまった仮面となりました。

「中央」的要素をあえて排除した今回の企画では、例えば京都で今でも行われている大念仏狂言である有名な壬生狂言や「嵯峨面」で知られる清涼寺の狂言などはとりあげられていません。

しかし「千本ゑんま堂」として親しまれている引接寺の狂言で使用されている仮面はいくつか展示されていました。
質朴な造形が多い中、千本ゑんま堂狂言で使われる面は非常に高度な彫りの技術が駆使された跡がみられます。
民衆に根ざしたものとはいっても、優れた面の作り手がいたと思われる京都では一味違った芸術性を仮面が帯びているように感じられました。

 


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こうした今でも祭礼で使用されている仮面は寺社や保存会によって維持されているものが大半です。
祭の主たる担い手でもあるこうした方々との信頼関係がなければ神聖な仮面を借り受けることはできないでしょう。
民博が永年にわたって築いてきた各地とのコミュニケーションが十全に活かされた企画展でもあります。

写真撮影は一体のメンドンを除き、禁止されています。
仮面を貸し出した側からみれば御神体に準ずる大切なものであり民博側も配慮したものと思われます。
祭礼に関係しなければみることができない貴重な仮面がこれだけの規模で集められた企画展は空前絶後と思われます。
創立50周年にふさわしい素晴らしい展覧会でした。

 

メンドン

 

そういえば、万博記念公園全体のシンボルである岡本太郎の「太陽の塔」もなんとなく仮面に通じるものを感じます。
余談でした。