村上隆展の追加作品|京都市京セラ美術館

 

今年2024年の2月3日からスタートした長期展「村上隆 もののけ京都」も、いよいよ会期末である9月1日が迫ってきました。
8月2日現在、入場者数は累計35万人を突破したそうです。
ご同慶の至りです。

7月に入ってから新作が追加展示されたということなので、春の鑑賞に続き再訪してみました。
このところの京都は、毎年のことではあるものの連日異様な酷暑が続いているため、陽が高いうちの外出はほぼ無理です。
若干暑さがおさまった夕方に訪れてみたところ、幸いにもかなり空いていて、快適に鑑賞することができました(平日)。

takashimurakami-kyoto.exhibit.jp

 

入り口近くの壁面に早速追加された新作「村上隆祇園祭礼図」が展示されています。
先月の祇園祭開催に合わせて7月初から追加された作品です。
向かい側に展示されている「洛中洛外図屏風」同様、巨大な画面にびっしりと祭礼の様子が再現されています。
洛中洛外図屏風東京国立博物館蔵の岩佐又兵衛による「舟木本」をオマージュしているのに対し、祇園祭礼図は細見美術館所蔵の屏風絵がベースになっています。
随所に村上キャラを配した洛中洛外図屏風と比べると、こちらの作品は原本を比較的忠実になぞりつつオリジナルの付加物はあまり描き込んでいないようにもみえます。
しかし、よくみると犬を連れて散歩している村上隆が紛れ込んでいるなど、きっちりこのアーティスト流のサービス表現が織り込まれていました。

 

村上隆版 祇園祭礼図(部分) 中央にメガネをかけた村上隆と犬

山鉾のディテールも大切にされていて、カマキリのカラクリで有名な「蟷螂山」もしっかり確認できました。
極端なデフォルメや改変を施していないところに村上が祇園祭に対して抱いているのであろう敬意が伝わってくるかのようでした。

 

村上隆版 祇園祭礼図(部分) 中央付近に蟷螂山

今年の祇園祭における蟷螂山 (2024年7月17日 四条東洞院付近で撮影)

 

風神雷神図」の新しいバージョンが追加されています。

「むにょにょん雷神図」と「ぽよよん風神図」。
キャラクター造形は従前から展示されている「風神図」「雷神図」と同じなのですが、左右が逆になっています。
俵屋宗達が描いた「風神雷神図屏風」(建仁寺蔵)は向かって左に雷神、右に風神ですから、今回の「むにょにょん雷神図」と「ぽよよん風神図」は宗達が描いた通りの位置関係が採用されていることになります。
画面サイズも縦横の比率が宗達画により近くなっています。
宗達へのリスペクトとオマージュという面では原図に近い追加作の方にそれらが強く表れているといえそうです。

村上隆「むにょにょん雷神図」「ぽよよん風神図」

村上隆「風神図」「雷神図」


宗達尾形光琳といった「琳派」が強くモチーフとして意識されている今回の企画ですけれども、又兵衛と同様、辻惟雄によって「奇想の系譜」に連なる絵師とされた狩野山雪も印象的な追加作品によって取り上げられていました。

「梟猿図の猿」と「梟猿図の梟」、二幅対の絵画です。

 

村上隆「猿梟図の猿」「猿梟図の梟」

 

猿の方は東博が蔵する「猿猴図」、梟は根津美術館の「松梟竹鶏図」がベースとなっています。
でも根津美術館の作品は本来、梟と「鶏」がセットの二幅対です。
村上はこの「猿梟図」で、あえて別の一幅である猿を選んで梟に組み合わせたようです。
山雪原図の猿は、エキセントリックなこの絵師には珍しくとても可愛らしい表情で描かれているのですが、村上隆はそれを変装させ、やや小賢しそうな性格を猿の顔面に与えているようにみえます。
一方の梟は山雪が描いたとぼけた表情をそのまま踏襲しています。
この村上による新しい組み合わせにはおそらく意味があるのでしょう。
猿は水面に映った月の輪に手を伸ばしていますが、この後、それを掴み取ろうとして愚かにも池に落ちてしまうことになります。
その今から起こる間抜けな珍事をまるで「みてみぬふり」をするように視線を斜め上にそらしつつ予感している梟のおかしさ。
猿のキャラ造形を原画から変えることで、本来は別々の二幅に新しい物語が生まれているようです。

 

村上隆「『古都』にて『片腕』」

 

「『古都』にて『片腕』」は追加作品中、最も異様な絵画かもしれません。
紫色に変じた片腕を持つ川端康成が描かれています。
片腕はおそらく雪舟の「慧可断臂図」にインスパイアされたのでしょう。
村上隆はすでに2007年、雪舟の達磨図をオマージュした「慧可断臂 心張り裂けんばかりに師を慕い、故に我が腕を師に献上致します」を制作、当会場でも展示されています。

 

村上隆「慧可断臂 心張り裂けんばかりに師を慕い、故に我が腕を師に献上致します」

 

仮にこの「『古都』にて『片腕』」における方腕も雪舟画と同じモチーフなのだとすれば、川端康成は何に対して片腕を献上しているのでしょうか。 
それは全くの推論ですが、おそらく「京都」自体に対しではないかと妄想しています。

『古都』は今さら言うまでも無い名作ですけれども、私にはなんとなく「京都名所案内」みたいに読めてしまうところがあって、この小説が川端の代表作ときくと少し違和感を覚えることがあります。
イメージとして見事に京都がとらえられているのですが、それが地に根を張っていないというか、なんとなく表層的に感じられてしまう作品ではないかと思えてしまうのです。
ひょっとすると村上隆も『古都』にそうした面を感じていたのではないかと勝手に想像すると、この「片腕」がもつ意味がわかってくるようにも思えます。

小説『古都』において川端が「つかみ損ねた」京都を、あらためて「片腕を献上」(それは川端自身の片腕ではありませんけれども)することでもう一度つかみなおそうとしている姿としてみると、この奇妙奇天烈な小説家像も理解できそうです。
またそれは、村上隆自身がこの街にもっているイメージに連なっているのかもしれません。

 

村上隆金閣寺

 

さて、展示会場の最後付近に登場する追加作品が「金閣寺」です。

鏡湖池にその姿を写しこむ舎利殿金閣をモチーフとした中型の作品。
この「もののけ京都」には欠かせない名所として追加制作されたのでしょう。
池面を境にして上下が完全な対照型として描かれていますが、意外にもここには人も「もののけ」も全く描かれていません。
幻想的に水面に反射した色彩が下部に施されているだけです。
この展覧会の会期がスタートしてから大急ぎで制作された作品なのかもしれません。
新作が中心となった今回の大規模個展開催に際し、村上隆は多数のメディア出演なども含めて八面六臂の活躍を繰り広げてきました。
かなりお疲れになったのでは無いでしょうか。
まさに明鏡止水の心境がこの「金閣寺」には示されているようにも感じました。

 

村上隆もののけフラワーの親子」

京都市京セラ美術館中央ホール ー 8月1日から壁紙が新しいパターンに