アルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリ 1973年東京ライヴ

 

 

ローベルト・シューマン: ウィーンの謝肉祭の道化 作品26
フレデリック・ショパン: ピアノ・ソナタ第2番 変ロ短調 作品35

モーリス・ラヴェル: 高雅で感傷的なワルツ、夜のガスパール

アルトゥーロ・ベネデッティ=ミケランジェリ

(TOKYO FM  TFMCSA-0021  SACD  2012年リリース)

 

1973年10月29日、東京文化会館大ホールでの都民劇場公演をライヴ収録した音源。約1時間半、リサイタルのプログラム全曲を一枚のSACDシングルレイヤーに収めています。
東京文化会館は、例えばサントリーホールのような残響の支援がない分、音のリアリティが、聴く場所にもよりますが、比較的ダイレクトに伝わる器。FM放送用に録音されたこのディスクでは、そんなホールの特性をも含めてかなり明瞭にミケランジェリの音が捉えられていると思います。
登場時の拍手から会場内のノイズまで、本当に一夜のリサイタルそのものが再現されるかのようなディスク。

 

過度なロマン的表現を避け、構築美の再現を優先したシューマンショパンも素晴らしく、特に後者第4楽章の本来「雲」のようなつかみどころのない音楽が、抜群の明瞭なソノリティで形状を結ぶ様には圧倒されます。この楽章だけとれば、アルゲリッチポリーニの録音よりもすごいかもしれない。

 

でもこのリサイタル録音、最大の聴きどころは、やはり、後半のラヴェル2曲。
類例のない絶美の音楽が展開されます。

 

まず「高雅で感傷的なワルツ」。

シューマンでの構築性をそのまま引き継いだような導入の後、"Assez lent.Avec une expression intence"と指示された部分に入ると、夢幻世界が突然出現します。テンポがそーっと、しかも、大胆に落とされて、このピアニストにしか出せない、あのドビュッシーの録音で聴く喩えようもない美しいタッチでラヴェルの詩が語り出される。どうもこの箇所あたりから、それまでとは違う、別次元の演奏モードに入ったように聴こえます。
大理石のような美観から、音による高貴すぎる香りの世界へシフトした感じ。
曲名にある"nobles"と"sentimentales"の本来の価値を引き出すことのできるピアニストはとても少ないように思えます。「高貴な感傷」と「感傷的な気品」を全曲に染み渡らせることができている点で、これを超える演奏の記録はなかなかないのではないかと。
最後の音が消えたあと、陶然とした聴衆の様子がその遠慮がちに始まる拍手から推察されます。

 

「夜のガスパール」では「ワルツ」のテンションをそのままに、デュナーミクは一層の繊細さを極めつつ、音楽の骨格と音色のそれぞれの最美を追求したかのような超絶のパフォーマンスが聴かれます。
「スカルボ」ではグロテスクさを過度の強調にすることなく表現の幅は控え目なくらいに設定されているのに、その精度があまりにも高いためにむしろ慄然としてくるような演奏。端正にして孤高の妖怪音楽。

 

ジャケットにはこのリサイタルチケットの半券が写されています。
この頃はまだ当然にチケットぴあ等はないのでチケット券面のデザインには興行主によるこだわりがみられます。特にチケットを確保しても公演自体があるかないか直前までわからなかったというミケランジェリの公演。かっこよさと希少性を兼ね備えた半券です。

 

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