滋賀の家展|滋賀県立美術館

 

滋賀県立美術館開館40周年記念
滋賀の家展

■2024年7月13日〜9月23日

 

滋賀県がもっている地域的な特性と「個人の住い」を結びつけるという、新生滋賀県美らしい意欲的かつユニークな企画展です。

www.shigamuseum.jp

 

1960〜70年代にかけて、滋賀県内には有力な住宅メーカーの工場がいくつも建てられたのだそうです。
1961年の積水ハウス滋賀工場を皮切りに、69年のナショナル住宅建材、71年の大林ハウジング、74年には東芝住宅産業が滋賀県内に工場を構えています。
名神高速を走っていると、かなりの区間が実は滋賀県に含まれていることに気が付くと思います。
名古屋圏と京阪神の間にあって、一見、目立たないエリアですが、広々とした平坦な敷地を比較的入手しやすい上に、東西を結ぶ交通大動脈である東名-名神高速に直結しているこの場所は、住宅メーカーにとって魅力的だったのでしょう。
展覧会の冒頭で、こうした地域特性と高度経済成長期に登場した「プレハブ」住宅メーカーの存在を関連づけて紹介することにより、現在にもつながる滋賀の個人住宅建築文化への導入が図られていました。

 

 

保存をめぐる長い議論の末、結局2022年に解体されてしまった黒川紀章(1934-2007)の代表作「中銀カプセルタワービル」は、ある意味究極のプレハブ住宅ともいえます。
マンションを構成していた140ものカプセル。
その一つ一つは滋賀県でつくられたものでした。
製造したアルナ工業は鉄道車両を主に手がけていた企業で、カプセルが造られた米原の同社姉川工場は現在でも(株)アルナ矢野特車として存続しているそうです。

 

 


皮肉にもメタボリズム建築の代名詞の一つとなってしまった中銀カプセルタワーは、米原から高速道路で運ばれたユニットが銀座で組み上げられたものだったのです。
今回の展示ではカプセルそのものの展示はありませんが、制作当時の写真や資料などが紹介されプレハブメーカー王国滋賀を代表する作品の一つとして位置付けられていました。
なお、解体後もカプセルのいくつかは企業や自治体などが入手し保存されていて、和歌山県立近代美術館のように一般公開されているものもあります。
"Maid in Shiga"を意識しながらあらためてあのカプセルを眺めてみるのも面白いかもしれません。

 

メタボリズムの未来都市」展(2011年森美術館)で陳列されたカプセル

カプセルの中(メタボリズムの未来展より)

www.momaw.jp

 

物故者から現役の中堅まで、実にさまざまな建築家たちが登場しています。
ただ、ランドマーク的な有名大建築の実績が豊富にあるという人たちではないため、名前を聞いただけで作品がピンとくる建築家はそれほど多くはないかもしれません。

遠藤秀平(1960-)は比較的著名な存在ではないでしょうか。
1994年、米原駅北口に出現した「Cyclestation 米原」はコルゲート鋼板を大胆に湾曲させた建築物。
その構造自体が非常にユニークな作品として知られていて一般向け建築書籍でも取り上げられたことがあったと思います。

www.arcstyle.com

この展覧会では遠藤のアトリエ兼ゲストハウスとして建てられた「SPRINGTECTURE B」(2002)に焦点があてられています。
琵琶湖北東、長浜市内の住宅街に建てられているというこの建物において建築家は、米原の駐輪場でみせたコルゲート鋼板スタイルをさらに洗練させ、機能的な住宅建築話法として採用しています。
スチールのもつ冷たさが緻密な計算と設計による曲線美を得て、モダンさと独特の柔らかさに変換されているようです。
写真や設計図によって遠藤の仕事がスマートに紹介されていました。

 

SPRINGTECTURE B 関連展示

 

竹口健太郎(1970-)と山本麻子(1971-)によるユニット「アルファビル」によるアトリエ兼ギャラリー「Skyhole」(2014)は彦根にあるのだそうです。
添えられていた図面資料をみると大胆な平行四辺形型の平面にまずびっくりしますが、大阪工業大学空間デザイン学科の皆さんが制作した模型を確認すると、その特徴的に鋭い勾配を持った屋根にも驚くことになりました。
縦にも横にも「空間」がさまざまに表情を変えそうな自在さと軽さが魅力的な建築です。

Skyholeの模型

 

池田隆志(1986-)と池田貴子(1989-)の「design it」は今回登場している建築家たちの中で最も若いユニットでしょう。
この人たちの設計による「和邇のコート・ハウス」(2020)もおもろしい住居です。
外側に開けられた窓が非常に限定されています。
その代わりに全面ガラス張りの中庭が設けられています。
どんなに開放的に大きな窓をもったデザイナーズマンションやモダン住宅でも、周囲に建物がある場合、必ずカーテンやブラインドが必要になります。
結果として入居前はお洒落な居宅とイメージしていたのに、結局景色はほとんど眺められずダサいカーテンで覆わなくてはなりません。
しかし中庭であればプライバシーがほぼ問題なく確保されます。
都市部や住宅街では、皮肉なことに外側を閉じれば閉じるほど中に開けられた空間は「開放」されるのです。
この「和邇のコート・ハウス」からは居住者の開放性に関するこだわりとそれに応えた建築家のアイデアが強く伝わってきます。

 

和邇のコート・ハウス関連展示

 

今回は展示の形態にも面白い仕掛けが施されています。
普通はメインの展示エリアとなる側面のガラスケース内に、何も作品が置かれていません。
代わり断熱材等で用いられるようなシルバーのシートが全面に貼られています。
建築中の住居内を訪れたような感覚を得ました。
展示室の中央に設置された長いテーブルの上に模型や資料などがディスプレイされ、中には手で触れることができるものも置かれています。
展示品と鑑賞者を可能な限り近づけようという工夫なのでしょう。
結果としてやや散らかり気味の展示構成になっていたようにも感じられましたが、一方で、軽快な学園祭的気分が醸成されてもいて、とても楽しめる企画展でした。

写真撮影が解禁されている企画展です(同時開催されている常設展エリアは小倉遊亀作品の一部などを除き原則不可)。
なお図録については会期内の制作が間に合わなかったようで、9月末頃の刊行を予定しつつ、現在予約を受け付けているそうです。

 

滋賀の家展の野外展示から