日本の奇妙なガウディ熱|サグラダファミリア展

 

ガウディとサグラダ・ファミリア

■2023年9月30日〜12月3日
■佐川美術館

 

先日まで東京国立近代美術館で開催されていたガウディ展。

現在、第二の巡回地である滋賀・守山市の佐川美術館で開催されています(この後、12月19日より最終巡回地である名古屋市美術館で開催予定)。

大盛況だった東近美ほどではないようですが、アクセスしにくい場所にも関わらず、滋賀会場もそれなりにお客さんが入っていました(日時指定予約制)。

gaudi2023-24.jp

 

東京会場に比べるとやや狭い展示空間かもしれません。

大量のドキュメント類や関連文物、建築模型が投入されているので、パーテーションを幾重にも張り巡らせて工夫し面積を確保していますが、若干窮屈な感覚が残りました。

スペースに余裕がないためか写真撮影は東京展より制限されていて、エントランス付近のみとなっています。

ただ、その分、この国における「アントニ・ガウディ熱」のようなものが密度高く伝わってくる展示空間ではありました。

 

企画には当然に東京国立近代美術館が関与しています。

でも、本展からは東近美が全面的に仕切ったという印象をあまり強くは受けません。

むしろ監修者である、この国におけるガウディ研究の大家、鳥居徳敏(1947-)と彼の協力者たちの力が大きいように感じます。

非常にクオリティの高い図録の監修も含め、この企画は鳥居徳敏自身のガウディ研究に関する「総仕上げ」的な内容をもっていて、会場となっている各美術館側はあまり口出しはせず、裏方に徹しているようにも思えます。

 

さて、この展覧会、サグラダ・ファミリア聖堂から直接持ち込まれた作品等ももちろん多くみられるのですが、驚くのは日本に存在するガウディ関連の文物、その多さと意外性です。

早稲田大学建築学教室本庄アーカイブス」のように、建築に直接関係した機関からの出展品にまじり、「どうしてこんなところにガウディが?」 と思わずにはいられない施設から驚きの作品が出展されているのです。

 

 

まず、滋賀会場の入り口に陣取っているユニークな造形物は、伊豆、松崎にある「伊豆の長八美術館」から提供されている「ニューヨーク大ホテル計画案」の模型です。

これは、建築家石山修武が音頭を取り、群馬県左官組合の職人たちによって造形された、ガウディ構想による幻の巨大ホテルへのオマージュ。

たまたま、伊豆の長八美術館の設計を石山が任されていたため、左官の技でこのプランを実現してしまおうということになり制作された大作です。

幻想的ともいえる独特の存在感を放っていて、本展の「顔」的な役割を十分果たしています。

izumatsuzakinet.com

 

 

さらに、会場には「西武文理大学」が所蔵するガウディ建築の模型や、彼のデザインを忠実に再現した椅子などが陳列され、展示に立体感を与えることに大きく貢献しています。

大変失礼ながら名前を聞いたことがない大学だったのでちょっとネットで調べてみました。

埼玉県狭山市にあるこの大学には、ホームページをみると、「サービス経営学部」と「看護学部」があるのですが、建築や芸術全般に関係する学部はなく、現在の学長さんも特にアートとは関係ない分野の方のようです。

しかし、キャンパス内を紹介した箇所を確認すると、「天才建築家ガウディの『サグラダ・ファミリアの中回廊の石膏模型』をはじめとする世界各国で展示された資料の品々」が展示されているとあります。

今回、本展に貸し出されている作品群のことを指しているとみられます。

www.bunri-s.ed.jp

 

学部自体にガウディと結びつく要素がないのにどうしてこのような本格的資料があるのか、とても不思議な学校です。

どうやら、この学園の創設者が個人的な意向で制作、収集されたようなのですが、これ以上のことはよくわかりません。

 

ところで、これら、日本における奇妙な「ガウディ熱」を具現化した品々には時期的な共通点があります。

伊豆の長八美術館による大彫像や、西武文理大学が蔵するガウディ関連作品は、いずれも、1980年代中頃に制作されています。

 

このころ、いったい、何があったのでしょうか。

お気づきのように、これには、おそらく、あるCMの存在が大きく影響しているように思えます。

 

www.youtube.com

 

サントリーによるウィスキー「ローヤル」のテレビコマーシャルです。

ガウディの名前とその摩訶不思議なイメージが全国に浸透したきっかけが、今みてもその秀逸さに驚くこの「サントリー ローヤル ガウディ編」のCFでした。

CMが制作放映されたのは1984(昭和59)年。

伊豆の長八美術館によるニューヨーク大ホテル模型の制作は1985年。

西武文理大学のガウディ模型の多くも1984-1985年に作られています。

見事にCM放映のタイミングと一致します。

 

カサ・バッリョなども登場するこのCMの最後に、まだ「降誕の正面」あたりしか完成していなかったサグラダ・ファミリアが登場します。

これで一気に火がついた日本でのガウディ人気は、その後、1990年代にはいわゆる「世紀末ブーム」にのってさらに多彩に継続。

今世紀に入ってもその勢いが衰えてはいないことが、この「ガウディとサグラダ・ファミリア展」の人気ぶりからわかります。

 

私も前世紀末頃、わざわざバルセロナまでサグラダ・ファミリアを見に行ってしまったことを白状しておかなければなりません。

しかし、高い塔と幾つものクレーンが共存していた大聖堂の建設現場は、とてもこれが全部完成するとは思えないスカスカ感がまだ残っていて、「あと100年はかかる」とされていたことを記憶しています。

でも、2026年にはかなりの部分が「完成」してしまうのだそうです。

本展では、写真や全体模型、堂を飾る彫像の一部などを総動員し、「完成後」の姿を具体的にイメージできるよう、展示に工夫が凝らされています。

ただ。

なんとなくかつての余白の美を十分もっていたサグラダ・ファミリアの姿が消えてしまうような寂しさも感じてしまいます。

以上、随分とわがままな感想、ではありました。