強羅環翠楼 (神奈川県 箱根温泉郷)

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箱根には紛らわしい名前の老舗宿が四軒あります。
湯本の萬翠楼福住、塔ノ沢の福住楼と環翠楼、そして強羅の強羅環翠楼。
名前が似通っていますが、現在、経営は別々で特に関係が深いわけではありません。

四軒全て宿泊したことがあります。
いずれも老舗旅館の風格をもち、品のある透明泉を掛け流してくれる名宿。
しかも料金が極端に高くはない上に、オフシーズンなら一人泊しやすい。
ここ数年、箱根へ逃避湯治する時はこの四軒のいずれかに泊まることが多くなりました。


別々の経営としましたが、強羅環翠楼の創業者は、塔ノ沢・環翠楼の主人であった鈴木ニ六という人です。
1949(昭和24)年、三菱岩崎家の別荘を譲り受けて開業した旅館。
元々明治に開かれた強羅の地に温泉は湧き出ておらず、早雲山からの引湯だったのだそうです。
しかし1952(昭和27)年、鈴木ニ六の執念ともいえる掘削事業により、強羅第一号の温泉が敷地内に湧出。
温泉旅館として整備されていくことになったようです。

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いつ頃、塔ノ沢の環翠楼と縁が切れたのかはわかりません。
いっそのこと紛らわしいので名前も変えたら良かったのではないかとも思いますが、「環翠楼」という名称自体、伊藤博文がつけてしまったという有難い由緒を持つことから、おいそれと看板を付け替えるわけにもいかないようです。

 

強羅駅から徒歩3分くらいとアクセスはとても良好です。
東側に大きく傾斜した広大な敷地に離れ風の建物が連なっているので宿の全貌をとらえることが難しい。
玄関はいたってこじんまりとしていて、高層楼閣の威容を誇る塔ノ沢の環翠楼とは全く違った印象を受けます。

岩崎家の別荘時代から引き継がれた建物は玄関からつながった2階建ての宿泊棟だけで、残る部屋は後から接続して造成されたものです。
しかし、いずれも昭和の上質な和風建築の趣を残していて、ゆったりと建物が配されていることからどの部屋もとても静か。
部屋によっては防音に問題がある塔ノ沢の環翠楼よりこちらの方が安心して過ごせるかもしれません。

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鈴木ニ六が掘り当てた強羅第一号温泉は枯渇してしまい、現在は違う源泉が使用されています。

男女別に造られた露天風呂には、地下400メートルから汲み上げられているという48度のアルカリ性単純温泉が投入されています。
冬場を除き加温はしていないそうです。
他方、内湯は1000メートルもの深さから動力浮揚している別源泉。
こちらは32度と温度が低いため加温があります。

共に無色透明、無味無臭の透明泉。
強羅周辺では、ほんのり色づいている翠光館の湯や、山田屋の白濁系温泉もみられますが、ここの温泉には全くクセがありません。
温泉らしさは乏しいかもしれません。
しかしいつも絶妙な湯加減が保たれていて、飽きのこない快適さが魅力となっています。

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大文字焼きで有名な明星ヶ岳を望む露天もシンプルで気持ちが良いのですが、この宿の魅力は共同の内風呂と、多くの部屋に設えられた個別風呂にあります。

共同内風呂は二つあり、夜間に男女入れ替えられます。
「巽の湯」と銘々された風呂はクラシカルな湯屋造り。
二人入ればいっぱいという小ささ。
湯口が浴槽内部にあるのでほぼ無音の中で湯浴みができます。
浴室の名前は石川達三によるもの。
なお、この作家は自らがよく泊まった部屋についている個別風呂にも「木もれび」と名前をつけています。
その部屋の風呂に入ったことがありますが、確かに朝日が漏れ込んでくる浴室の風情は素晴らしかった記憶があります。

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もう一つの共同内風呂は「ひょうたん風呂」。
名前の通りの形状をしています。
こちらも明るい昭和モダンの美しさがあって気に入っています。

いずれも小さい浴室なので他客がいると窮屈。
でもこの宿は風呂付きの部屋が多いので、わざわざ共同内風呂に入ってくる客は少なく、どちらかというと露天が人気です。
タイミングを見計らえば、二つの共同内風呂をほぼ貸切状態で楽しむことができると思います。
一番風呂では湯船から大量の温泉が溢れだします。
源泉掛け流しの古典風呂。
独特の愉悦があります。

各部屋に配されている個別風呂はそれぞれ趣が違います。
もちろん全て体験したわけではありませんが、十分な広さを持っていて、一人泊には勿体無いような贅沢なつくりの浴室ばかり。
シャワーからも源泉が噴出します。
東側向きに造られていることが多いため、特に朝風呂が素晴らしい。
晴れていれば朝日の光で湯が煌めきます。

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以前、この宿は料理のレベルが高いことでも有名でした。
一品一品、長い廊下を歩いてわざわざ仲居さんが客室まで料理を運んでくるスタイルで、お造りのツマにまでこだわった見事な会席料理が供されました。
箱根の老舗系旅館の中では確かに一番美味しかったように記憶しています。
現在は原則やや寒々しい食事処での配膳になっていて、料理も一般的なレベルになってしまいましたが、特に不満が残るような内容ではありません。

 

広いお庭が名物です。
ただ最近は人手が足りないのか、やや自然が人為に勝ちはじめてしまっているような雑然さが目につくようになりました。
宴会場は物置のようになってしまい、裏庭には放置された洗濯機などが侘しい風情を醸し出しています。
大涌谷の小噴火がおさまったら、今度はコロナ。
経営は楽ではなさそうです。
メンテナンスも大変だとは思いますが、ここにしかない静かな温泉世界をいつまでも維持してもらいたいと思います。

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