数ある箱根の名湯の中で、福住楼の湯船ほど有名なものはないかもしれません。
毎年のように小田急ロマンスカーのCMやポスターに採用されているのはこの旅館の「大丸風呂」。
絵になる浴槽です。
湯本の萬翠楼福住、同じ塔ノ沢に隣りあう環翠楼と並ぶ、箱根の超有名老舗旅館。
でも敷居が高いことはなく、休前日でなければ一人泊も歓迎されるので箱根の中ではむしろ泊まりやすい宿といえます。
ちなみに萬翠楼も環翠楼も一人泊のハードルはほとんどありません。
どちらにも泊まったことがあります。
いずれも目が飛び出るような超高級旅館ではなく、湯質が安定していることもあって、よく利用してきました。
塔ノ沢温泉は箱根湯本から徒歩圏内。
10数分です。
旅館組合が運行する100円バスも湯本から出ています(Cコース)。
一般路線バスの本数も多い。
しかし、湯本名物の大渋滞が発生していると面倒なことになります。
以前は歩道がない函嶺洞門を通る必要があり、危ないので100円バスを使っていました。
数年前、新しい道ができてからは散歩しながら向かうことにしています。
アーチが美しい千歳橋を渡ってすぐ、鳳凰の木彫が睥睨する立派な唐破風を持つ玄関が目印。
福住楼、最大の魅力は「大丸風呂」と「小丸風呂」。
大小二つの円形浴槽。
「変わらない」のがこの旅館の魅力。
でも今年はコロナの影響なのか、大きな変更が加えられていました。
「小丸風呂」が事前予約制の貸切に変更されています。
大丸・小丸それぞの浴槽は独立した浴室にありますが隣り合っています。
以前は脱衣所でつながっていたので一度に両方楽しむことができました。
大丸が混んできたら小丸に逃げるという手もあって、重宝していたのに。
ただ、この変更は男性にとって大きなメリットでもあります。
二つの丸風呂がある浴室は、別の「岩風呂」浴室と男女入れ替え制。
夜の7時に男性用から女性用に切り替わります。男性は夕食前に1,2回、丸風呂に入ることができますが、その後は女性限定。
大丸風呂はこれまで通りですが、小丸風呂が予約制になったことで、男性でも小丸風呂には空いていれば夜通し入ることができるようになりました。
予約は浴室前の廊下にある時間割表に部屋の名前を記入するだけ。
混雑時でなければ、予約そのものが少なく、さらに深夜となればほとんど誰も入ってきません。
深夜一人風呂好きにはたまりません。
大丸・小丸、大きさは異なりますが、いずれもシンプルな円形浴槽をすベて木で組まれた浴室が囲みます。
使い込まれた美術品のような風呂。
温泉の湿気で木は朽ちるのが早く、大丸・小丸浴室を仕切る壁板等は新しく取り替えられています。
でも浴槽自体は昔のまま。
風格があります。
湯口は浴槽下部の縁に開けられていて、そこからじんわりと源泉が投入されています。
写真でお馴染みの竹筒のような棒は湯口ではなく、温度調整のため追加源泉を投入するときのみ使用。
筒に取り付けられている温泉と水、二つの蛇口をひねって調整します。
源泉は塔ノ沢温泉・湯本第37号。
pHは9.1。
無色透明、無味無臭の典型的な名湯系温泉。
すべての浴槽が源泉掛け流しです。
泉温がやや高いので加水があります。
しかし近所の湯河原や熱海などに比べるとコントロールしやすい温度とみられ、水っぽさを感じたことはありません。
冬場は特に湯加減がよく、はじめはやや熱く感じられますが、ゆったりつかっていると心地よさで陶然としてきます。
湯の投入量は結構多く、どんどん縁から溢れていきます。
湯口が浴槽内にあるのでとても静か。
何よりこの風呂がたたえる湯の体積が、私の身体にはとても合う。
湯質、温度、湯量、湯圧、浴槽の形、浴室の風情。
すべてが好みと合致してしまう。
丸風呂と比べてしまうともう一つの浴室「岩風呂」はちょっと魅力が落ちるのですが、この風呂単体でみると、こちらはこちらでとても素晴らしい。
龍宮城を模したようなしつらえ。
奥には自然の巨石が迫ります。
黒光した岩から落ちているのは水。
湯坂山をくり抜いた洞窟から流しこまれているという天然水。
塔ノ沢の温泉はこの近辺の山々が長年蓄えた水が地熱で温められたもの。
数十年経過して湧いた温泉と、新しい天然の水。
元は同じともいえます。
岩風呂では源泉が浴槽の岩組下部から投入されていて、湯船の中で水と湯が混じり合う仕組み。
あらかじめ混ぜられているわけではないので、浴槽内で温度差がかなりはっきり出ます。
この温度のムラが良いのです。
熱めのエリアでほてったらぬるめになっている落水エリアへ。
加水はありますが、「加工」しているところがありません。
福住楼にはもう一つ「家族風呂」があります。
こちらは一人入ればいっぱいという浴槽。
古めかしい造りでなかなか風情がありますが、やや水の量が多い感じも受けます。
事前予約が必要です(以前は空いていればいつでも入れる方式でした)。
食事は部屋食。
古典的な旅館和食コースで、特にお洒落さや目新しさはありませんが、安定してこなれた味。
何より手抜きがありません。
混雑具合によって料理が運ばれてくるタイミングに長短が生じることはあります。
過不足ない料理でいつも完食します。
夕食は季節で変化。
でも朝食は年中同一です。
かまぼこにわさび、鯵の干物に湯豆腐。
こちらも安定した定番の味。
不思議と飽きることがありません。
磨き上げられた階段や廊下のあちこちに往時の細工がみられます。
登録有形文化財の宿。
冬は隙間風がちょっと寒いのですが、これも風情。
むしろ温泉に入った時の心地よさが倍化します。
ちょっと尾籠な話になりますが、この宿最大の欠点であったトイレの問題が今年ようやく解決。最新型、ハイスペックのウォシュレットが導入されています。
なお、ほとんどの部屋にトイレがありません。
それと部屋の鍵は中から閉めることができるだけなので、貴重品管理は注意が必要です。
丁寧な見送りをはじめ、サービスも過不足ありません。
いかにも日本旅館というイメージが海外でも流布されているのか、以前は外国人客が必ず数組宿泊していました。
いずれもマナーの良い人たちばかりでしたが浴室で一緒になると大きなスペースではないので、やや緊張感が。
何か会話した方が良いのかもと変なサービス精神が頭をもたげてきてしまう。
コロナ禍の今は当然に日本人ばかり。
しかも平日のシーズンオフなら混雑はまずないとみられます。
諸々設備が古いので割高と感じる方もいるかもしれませんが、他では味わえない湯浴みが体験できる宿です。