■2022年3月1日〜5月8日
■東京国立博物館(本館 特別5室)
現在、六波羅蜜寺は新しい宝物館「令和館」を今年の5月22日にオープンさせるため準備を進めています。
当然に仏像などを移設するため一時展示を休止しなければなりません。
一旦クローズして仏像群を動かさなければならないのであれば、この機会にいっそのこと寺宝の大半を東博に運んで展観してしまいましょう、という今回の企画に至ったのではないかと推測しています。
(寺の説明では、「東博展に出品するために宝物館を休館する」としていますが、話が逆なのではないか、と感じます)
それはともかく、小さい宝物館を出た六波羅蜜寺の傑作が東博の空間でどのように姿を変えて見えるのか、貴重な出開帳企画だと思います。
東京での「空也上人立像」展観は、1973(昭和48)年、新宿の小田急百貨店で開催された「庶民の心に生きた空也の寺 京都六波羅蜜寺展」以来なのだそうです。
当然にこの展覧会は観ていません。
百貨店がまだ名刹寺宝展を客寄せ企画として積極的に取り入れていた時代。
耐震性、防火性などの問題から重要文化財の百貨店での展観には規制が入りつつあったはずですが、それにしてもまだデパートに勢いがあった頃らしい企画です。
他方、教科書類で盛んに取り上げられ、超有名作品になってしまった空也像は、六波羅蜜寺にとって滅多に動かせない修学旅行生向け有力コンテンツであり、それが東京出張を長年阻んできたと考えられます。
空也上人はあくまでも仏教聖人であって、仏そのものではありません。
さほど重量級の彫像ではないので、移動が不可能ということもないでしょう。
空也立像を寺から出せなかった理由は、宗教的意味ではなく、もっぱら参拝者のお目当てを裏切らないためだったと思われます。
それが証拠に、一方で、六波羅蜜寺の本尊、国宝・十一面観世音菩薩像は、移動はおろか、秘仏として十二年に一度しか拝むことができません。
本展は予約優先制です。
平日の午後に入館しました。
それなりの鑑賞者数でしたが比較的ゆったりと鑑賞できました。
会場で販売していた海洋堂製「空也上人フィギュア」はなんと売り切れという状況(3月中旬現在)だったので、「半世紀ぶりの東京展示」という触れ込みがそれなりに効果をあげてはいるようです。
寺院の宝物館などでは、大半の像が壁を背にした展示となっています。
スペースに余裕があるところは少ないし、なによりお寺にとって仏教彫刻は正面から「拝む」ものですから当然の配置ともいえます。
しかし、先日の「聖林寺十一面観音立像」の寺外展覧が好例ですが、博物館等への出張が行われると、目玉作品は独立展示になることが多く、360度、その姿を余すところなく観ることができます。
今回の「空也上人立像」や「地蔵菩薩立像」も嬉しいことに独立ケースでの展示。
六波羅蜜寺の宝物館ではみることができなった像の後姿をじっくり鑑賞できる環境が用意されていました。
また、「伝平清盛坐像」や「伝運慶坐像」「伝湛慶坐像」は360度というわけにはいきませんでしたが、こちらは保護ケースがなく、しかも像のかなり間近まで迫ることができます。
真横からアプローチが可能なため、清盛や運慶親子がみせる「横顔」の凄みを堪能することができると思います。
さてその空也上人立像の後姿なのですが、意外な発見がありました。
「ふんわり丸い」のです。
ちょうど腰の辺りをやや曲げているので自然とそういう形状になるのですが、空也の身体にピタリと衣服が張り付いているのではなく、ちょっと「空気」が入っているような印象を受けます。
何か袋のようなものを袈裟の下に背負っているようにも感じますが、全体的には柔らかな軽快さが伝わってきます。
年をとった、あるいは、疲れているから腰を曲げているわけではなく、闊達に歩くその躍動する姿が「腰の丸み」で表現されている、そんな風に感じました。
「市聖」として平安京内外を歩き回ったという空也の、まさにその「歩いている姿」を写そうとした仏師の工夫が感じられます。
この空也像からは不思議な若々しさが伝わってきます。
断食修行中の苦行僧のような痩せこけた身体でもなく、逆にでっぷりと貫禄を持った名僧風でもない。
肌に目立った皺もありません。
せいぜい30代くらいまでの、健康的な男性の体格が想像されます。
口から飛び出す6体阿弥陀仏の異形さにまず注目してしまいますが、リアルさを信条とした鎌倉仏師が写そうとした平安聖者の本質は、後姿も含めた全身から伝わる彼の若々しい「フットワークの良さ」にあるのではないでしょうか。
空也上人立像は運慶の四男、康勝が比較的若い頃に製作したものとされています。
仮に運慶自身が空也像を彫っていたら、例えば興福寺北円堂の無著・世親像のように、もっと禁欲的な写実を徹底したかもしれません。
後姿にみられる袈裟の表現も超リアルに、空也の生身に未着させ襞を入念に掘り込んだかもしれない。
康勝の空也像には運慶風の写実力による凄みよりもどこか軽やかな爽快さがあります。
今回の独立ケース展示によってこの像の印象がちょっと変わったような気がします。
5月にオープンするという六波羅蜜寺の新宝物館ではどのような展示スタイルになるのか楽しみになってきました。
歴史や美術の教科書に掲載されることが多い、空也と伝清盛の像。
ほとんどの日本人が知っていると思われる超有名木彫作品です。
実際に間近で観るとその芸術性の高さに圧倒されます。
でも国宝ではありません。
重要文化財です。
文化庁は昨年、ついに禁じ手と思われていた宮内庁三の丸尚蔵館の収蔵品にまで国宝指定を開始しました。
相当に新国宝指定ネタが少なくなってきているのではないでしょうか。
六波羅蜜寺のお宝も国宝指定が近い、かもしれません。