智積院 新宝物館と長谷川等伯「松に秋草図」

 

智積院の新しい宝物館が、今年、2023年4月4日に開館しました。

大型連休も明け、そろそろ落ち着いた頃かもと推測し、初めて入館してみました。

chisan.or.jp

 

新宝物館は、従来の旧宝物館(拝観受付所奥の建物)からみて南側、これも近年建て替えられた智積院会館に隣接して建造されています。

広さ自体は旧館を一回り大きくしたくらいとみられますが、平屋だった旧館に対し2階建てとなっています。

ただ、一般に公開されている部分は1階のみです。

外観は和風を意識した穏和なスタイルで、特に際立った特徴がある建築ではありませんが、ガラス面を多用したエントランスをはじめ、軽快にまとめられています。

 

靴を脱ぐスタイルが踏襲されています。

やや面倒ですが、カーペットが丁寧に敷かれていますから、スリッパへの履き替えは必要ありません(逆に裸足は禁止なので特に夏場は要注意・うっかり素足のまま来館してしまった場合はスタッフの人に相談することになっています)。

クレジット決済などにも対応した販売機でチケットを購入し、入室します。

 

旧館は長谷川等伯一門の障壁画展示に特化していました。

新館でも、メインはその障壁画群なのですが、旧館には無かった「特別展示室」が設けられています。

障壁画以外の寺宝を紹介するコーナーで、当面ほぼ3ヶ月単位で展示品を入れ替えていくようです。

今年度(令和5年度)の展示替え予定は、智積院のHPに詳しく記載されています。

令和5年度 特別展示について | 真言宗智山派 総本山智積院

 

智積院は約8万件もの文化財を有しています。

中には、障壁画群と並ぶ国宝、張即之による「金剛経」や、真言密教関連のお宝があります。

新設された特別展示室は、障壁画展示室の1/4ほどの規模と、それほど広くはありませんが、従来の宝物館にはなかった見どころの一つとして機能すると思われます。

初めての企画となった今回の特別展示(4月4日〜7月30日)では、興教大師覚鑁肖像画や、彩色が細かく残る室町時代両界曼荼羅、現在の寺域を智積院に与えた徳川家康ゆかりの書状などが披露されていました。

8月1日から始まる次回の展示では、早速、名宝の一つ、「孔雀明王像」(重要文化財)が公開されるそうです。

 

さて、特別展示室の奥が、「国宝障壁画展示室」です。

全ての壁面が等伯一門による障壁画の展示にあてがわれています。

素晴らしい展示空間が広がっていました。

 

旧館では、いかにも窮屈に収まっていた金碧障壁画の数々が、新館では光度を抑制した照明とブラックでまとめられたシックな空間にゆったりと展開されています。

ガラスケース無しの国宝展示という、旧館での気前良い姿勢も素敵ではありましたが、見易さと文化財保護の観点からみて、私は新館での展示スタイルを支持します。

 

入り口がある南側面には、等伯の娘婿、長谷川等秀が筆をとったのではないかとも推測される「雪松図」。

西側面には、長谷川久蔵「桜図」と等伯の「楓図」が、隣り合って贅沢に並列展示されています。

その向かいである東側面には、かつて金堂を装飾していた障壁画群を、一室内に再現した空間が設置されていました。

まさに桃山のバロック空間が再現されています。

再現展示空間の横には、あまりにも高さがあるために、旧館ではかなり苦しい展示となっていた等伯の巨大な「松に黄蜀葵図」が堂々と展示されています。

大迫力です。

 

長谷川等伯「松に秋草図」(部分)

 

さて、今回、あらためて素晴らしい作品と感じた障壁画があります。

長谷川等伯「松に秋草図」(国宝)です。

「楓図」に比べてやや色彩が整理されている分、地味な印象を受けますが、新館での展示を鑑賞して、今まで味わったことのない感銘を受けました。

 

「楓図」や久蔵の「桜図」は、上下が実は後世にトリミングされてしまっているのですが、「松に秋草図」は、当初の高さが保たれている貴重な作品として知られています。

その本来の美観が新しい宝物館での展示によって達成されているように感じるのです。

 

明治の盗難事件で隣り合った面が失われてしまっているので、構図的にちょっとバランスがおかしいようにも見えます。

しかし、饒舌に絢爛な「楓図」の美しさに対し、独特のリズム感と格調高さが「松に秋草図」にはあるように思えます。

葉の裏側を表現した淡い色彩の置き方などにみられる意外に細かい写実性や、画面中央で、斜め上からのしかかる松の緑に挑戦するかのように描かれた薄のスタイリッシュな造形美など、等伯の「仕込み」が多々あって見飽きることがありません。

 

もちろん、「楓図」も「桜図」も、相変わらず圧倒的に素晴らしいのです。

でも、なぜか今回は「松に秋草図」に、とりわけ惹かれてしまいました。

 

その理由は、展示室空間そのものの「広さ」にあるように感じています。

「松に秋草図」は、上記の通りディテールの表現も見どころですが、何よりその「大きさ」に特徴があると思います。

旧館での展示では、この傑作と、変な言い方ですが、十分「距離が取れていなかった」ようです。

昨年から今年にかけてサントリー美術館で開催された「京都・智積院の名宝」展でも、この作品の「大きさ」をやや持て余していたように記憶しています。

 

新館展示室北側面に配置されている「松に秋草図」は、長方形を為している展示空間の長辺部分の距離がとれますから、画面から十分に離れ、この障壁画の全体像をしっかりゆったりと鑑賞することができるようになっています。

傑作の真価を確認できたように感じました。

 

長谷川等伯「松に秋草図」(部分)

展示室中央にはちょうど目の高さに合わせて各作品を鑑賞できる椅子が置かれています。

反射がほとんどない最新のガラスを採用。

無用の色付けを排除した照明によって黒で統一された展示室に浮かび上がる長谷川一門の障壁画。

じっくり桃山の傑作世界を味わえる環境が整備されたと思います。

 

「楓図」などは、過去、他館へのレンタル出張が複数回あったと思いますが、当面は新宝物館の顔として鎮座するのでしょう。

智積院宝物館は、年末の三日間と、展示替えの数日を除き、年中無休です。

いつでもお馴染みの「国宝絵画」を鑑賞できる空間。

実は、ありそうでない、非常に珍しく貴重な施設です。