佐藤健寿展 奇界/世界
■2022年4月2日〜6月5日
■西宮市大谷記念美術館
思わず、あっ、と声をあげてしまいそうになった写真がありました。
大山古墳、いわゆる伝仁徳天皇陵を非常に高い高度から細密に捉えた「百舌鳥古墳群」と題された一枚。
被写体自体はお馴染みの大墳墓です。
しかし、その見え方が今までと全く違うのです。
やや右に傾いて撮影された前方後円墳を、堺の市街地と何本もの幹線道路が取り囲んでいます。
木々と堀のこんもりとした緑の輪郭を持つ古墳と、現代の整然とした直線世界が何の脈絡もなく隣り合うその異様さ。
教科書的な俯瞰写真で見ているときには気がつかない、世界最大の墓が持つ奇妙奇天烈な存在感に圧倒されます。
と同時に、佐藤健寿が撮り溜めてきた世界各地の異形な景観や人物像は、決して秘境やトンデモ国家等に限定されるものではないことにも気がつかされます。
実は日本国中、あちこちに「奇界」は存在するし、見ようによっては、毎日歩いている散歩道も、突然、異形の貌を現すかもしれない。
そんな心地よい寒気を感じました。
佐藤健寿が発表してきた写真集からのピックアップを中心に200点を超える作品が展示されています。
西宮市大谷記念美術館の1,2階すべてを使ってたっぷり紹介されていて、お馴染みの「奇界遺産」シリーズだけでなく、初期の『X51.ORG THE ODYSSEY』から2021年出版の『世界』まで。
多彩な写真が次々展示されていきますが、住居や大型構造物、習俗や奇観といった感じでテーマ単位でまとめられていますから、散漫な印象は全く受けません。
つい最近撮影された西宮近辺を捉えた高高度写真もさっそくに展示されています。
撮影時の様子やドローン画像を手際よく編集したヴィデオ作品も思わずみいってしまう面白さ。
じっくり鑑賞していると2時間くらいかかってしまうかもしれません。
会場2階に、一見スペースシャトルを思わせるような大型の展示品が唐突に置かれています。
何とこれはガーナで作られているという「棺」。
生前、世界を飛び回っていたビジネスマンのために飛行機の形を模したものなのだそうです。
本展には吹田の国立民俗学博物館が協力していて、何点か奇界から取り寄せた「現物」が出品されています。
この飛行機棺もその一つ。
佐藤がとらえたガーナの「棺写真」をみると、魚やスニーカー、コカコーラの瓶をかた取ったものまで、そのバリエーションは無限。
何となく楽しそうな棺桶ですが、ニコニコと棺の前で笑いながらポーズをとる人たちを見ていると、やはり相当にシュールな印象を受けます。
しかし、ガーナの人から見れば、昔よく見かけた日本の霊柩車だって相当におかしな造形物と感じられても不思議はないわけです。
要は、「見方」、「見え方」によって世界は奇界にいくらでも変貌するし、逆に、奇界が「日常」に溶け込んでしまうことも想定されることになります。
佐藤健寿は展覧会に寄せたメッセージの中でこんなことを言っています。
"つまり「奇界遺産」というテーマで長い旅をしてきた私が今思うことは、この世界に「奇妙なもの」は、そもそも存在しないのではないか、という逆説だった。それはただ私たちが考える「普通」の「境界」の外側にあるが故に、そう感じられるに過ぎない。"
(展覧会冒頭で掲示されている文章からの引用)。
では「世界に奇妙なものはない」という逆説に至った佐藤健寿の写真になぜこんなに惹かれてしまうのか。
その理由は、彼がいう「境界」にあるのかもしれません。
普通とその外側の境界。
この境界線をずらす、あるいは境界線の内と外を反転させてしまう。
仁徳天皇陵の写真を見て心底びっくりしてしまったのは、佐藤が宇宙の高度まで昇って引き直した「境界」に幻惑されてしまったから、なんじゃないかなあとぼんやり感じています。
平日の昼間頃に訪れてみました。
混雑はしていませんでしたが、閑散というわけでもなく、途切れなく鑑賞者が入ってくる感じ。
ヴィデオ作品上映の部屋は満席近くになっている時間もありました。
週末は盛況になりそうな雰囲気です。
6月下旬からは高知県立美術館、来年夏には群馬の県立館林美術館に巡回するそうです。