池大雅生誕300年|出光美術館

 

生誕300年記念 池大雅─陽光の山水

■2024年2月10日〜3月24日
出光美術館

 

2023年に生誕300年の記念イヤーを迎えた池大雅(1723-1775)を特集した企画展です。

久しぶりの大規模なレトロスペクティヴとして非常にクオリティの高い内容に仕上がっていると感じました。

idemitsu-museum.or.jp

 

大雅は京都に生まれ京都で没した人です。

与謝蕪村と共に江戸期文人画の大成者として日本美術史上、欠かすことのできない重要人物でもあります。

ですから生誕300年というキリの良いアニーバーサリーイヤーを迎えるにあたり、本来は京都でなにがしかの企画が立てられても良さそうだったのですが、今回は特に大規模な特別展等が開かれることはありませんでした。

ただこれは若冲に代表される奇想系絵師たちの人気におされて大雅が蔑ろにされた、というわけでもなさそうです。

実は2018年、すでに京都国立博物館がかなり大掛かりな池大雅展を開催してしまっているのです。

国宝3件をはじめ主要な名品を取り揃えたこの京博展からまだ5,6年しか経っていませんから、さすがに京都で大大雅展をリピートするには早すぎると考えられたのでしょう。

その代わり有楽町の出光美術館がしっかり生誕300年を寿いでくれたということになります。

www.kyohaku.go.jp

 

大雅の国宝作品こそ所有していないものの、出光美術館は私立美術館としては国内有数の大雅コレクションを誇っています。

今回もご自慢の重文「十二ヶ月離合山水図屏風」をはじめとする館蔵品をあますところなく展示しつつ東博や京博等から名品を取り寄せ、個人コレクションの珍しい作品まで含めて約40点、かなり見応えのある構成となっています。

 

 

展覧会の冒頭近くに「柳下童子図屏風」という八曲一隻の屏風が展示されていました。
これは京都府が所有し京都文化博物館が管理している作品。
もともとはかつて西京区松尾万石町にあった「池大雅美術館」が所蔵していたものです。

池大雅美術館は惜しくも2014年に閉館してしまいましたが、同館の創設者であった佐々木米行氏のコレクションは美術館を引き継いだ佐々木もと子元館長から京都府に寄贈され、「池大雅美術館コレクション」として文博の総合展示コーナーでときどき公開されています。

本展ではこの他にも「天産奇葩図巻」など、かつてこの美術館に収められていた作品がゲスト出展されていました。

 

池大雅「柳下童子図屏風」(部分)

 

池大雅は小さな如意輪観音菩薩像を自身の念持仏として身辺に置いていました。
その仏像は門人たちによって大雅没後も守り伝えられていましたが、1951年に佐々木米行氏がこれを入手します。

彼はこの仏像との出会いをきっかけとして一種の使命感のようなものにつき動かされながら大雅作品の収集を熱心に進め、ついに私設美術館の開館を実現したのでした。

大富豪というほどの資力はなかった佐々木氏の池大雅美術館は決して豪華な施設ではなく、その収蔵品もやや地味な作品で占められていましたが、いずれも大雅の息遣いが聞こえるような貴重な書画ばかりだったと記憶しています。
この「柳下童子図屏風」は同館唯一の重要文化財あり、大胆な構図と繊細な描画が同居する名品です。

今回の大雅展では主に山水画などの絵画作品が中心だったので展示は見送られたようですけれども、池大雅美術館には彼の書による傑作が数多く収められていました。

中でも晩年の行書「千字文」は一文字一文字に余人には到底真似できない典雅さが現れていて、まるで「音楽」が書から聞こえてくるような不思議な魅力があります。

本展で紹介されている南画の傑作群からも、池大雅にしか表現することができない「音楽」が聴こえるような絵画芸術を堪能することができると思います。

 

 

大雅の作品にみられる独特の軽やかさはどこかモーツァルトの音楽と共通しているようにも感じられないでしょうか。

一見、無造作に置かれた点や線が生み出す心地よいリズム。
彼に描かれた人物景物からは例外なく新鮮な生命感がふわりと放たれてきます。

即興性と計算された構成の美が両立しているのです。

大雅の絵を観ていると自然と頭の中にモーツァルトのピアノ協奏曲がサラサラと流れてくることがあります。

池大雅は幼少の頃、萬福寺の僧からその書を褒められ「神童」と評されていました。
こんなところも神童モーツァルトと似通っています。

考えてみるとこの二人の天才は全く違った場所で生きたものの、ほぼ同時代人でした。

確実に幸福な時間を与えてくれる画家と音楽家です。

 


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出光美術館の出光佐千子館長は大雅の国宝「楼閣山水図屏風」(東博蔵・本展での展示は2月25日に終了済み)に大きな衝撃を受け、そのことが彼女の美術史研究の出発点となったのだそうです。

図録では出光館長自らが総論解説の筆をとっているのですが、その中で洋画家小杉未醒(小杉放庵 1881-1964)が著した『池大雅』から印象的な言葉を引用しています(P.5)。

「大雅堂の絵は、さながらの音楽、最も自然を得て、最も装飾的、暖かく賑やかに、しかしながら静かなる世界、其の基調は一に彼の太く緩やかに引かれたる線條に在る。」

池大雅の本質をここまで的確に言い当てている文章を他に知りません。

池大雅ー陽光の山水」展はまさに「音楽が聴こえる」展覧会です。