ルートヴィヒ美術館の写真コレクション

 

ルートヴィヒ美術館展 20世紀美術の軌跡―市民が創った珠玉のコレクション

■2022年10月14日〜2023年1月22日
京都国立近代美術館

 

先日まで国立新美術館で開催されていたルートヴィヒ美術館展。

京近美に巡回してきました。

大型のモダンアートがあるためか、3階に加え、4階コレクション展スペースの一部まで侵食しての大規模展です(それでも数点、東京展から省かれた作品があって、ちょっと残念はであります)。 

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ルートヴィヒ美術館(Museum Ludwig)は1976年の創設ですが、ケルン大聖堂に隣接する新館が開館したのは1986年。

まさに同じ年、京都国立近代美術館槇文彦設計による現在の建築によって生まれ変わり、再始動しています。

さらに両館とも扱っている作品は近現代アート

公立美術館という立場も同じですから、こうした共通点の多さが今回の企画につながった面もあるのかもしれません。

 

ルートヴィヒ美術館、その設立に大きく貢献し、館名の由来ともなっているペーター・ルートヴィヒ(Peter Ludwig 1925-1996)は、夫人の実家が経営していたチョコレート・メーカーの経営に参画し、事業を大成功に導いて富を築いた実業家です。

食べた記憶は無いのですがが、今でもそのブランドは「ルートヴィヒショコラーデ」として健在です。

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そんな甘いお菓子のマーケットで活躍したルートヴィヒ夫妻からの寄贈品をもとに発足した美術館。

しかし、主なコレクションは逆に総じて苦味ばしったドイツ近代とモダンアートで構成されていて、今回来日した作品のいずれもがそれぞれに際立った存在感を示す傑作でした。

 


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写真コレクションでも有名な美術館なのだそうです。

総点数は7万にもおよび、19世紀の写真黎明期から今世紀の最新作まで、美術館自体がまだその全貌を整理できていないほどの規模を誇るとか。

本展でも素晴らしい作品が披露されています。

 

この美術館の写真コレクションは、ルートヴィヒ夫妻ではなく、レオ・フリッツ・グルーバー(Leo Fritz Gruber 1908-2005)とその夫人レナーテによる寄贈からはじまっています。

自身も写真の心得があったグルーバーはマン・レイと親交があり、数点、彼の作品が展示されています。

1920年代、若いジャン・コクトーの美しい横顔がとらえらた一枚に加え、アルノルト・シェーンベルクを真正面から撮影した作品もみられます。

特にシェーンベルクの肖像は、とても有名な写真ですけれど、ルートヴィヒが所蔵するそれは非常にプリントが良く、作曲家の鋭い眼光や、やや右側にねじれたような口元の陰影まで濃厚に発現しています(下記ドキュメンタリー映像の17:14あたりにシェーンベルクの写真が登場します)。

 


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ルートヴィヒ夫妻は当然西ドイツを拠点に収集活動を行っていましたが、「東側」への熱い視線をも持ち続けたコレクターでした。

ロシア・アヴァンギャルドに強い関心をもっていて、マレーヴィチの「スプレムス38番」やロトチェンコの「空間構成 5番」など、非常に質の高い作品が今回紹介されています。

これに組み合わせるように同じくロトチェンコの有名な写真やソビエト写真家による作品が展示されているのですが、これらは全てルートヴィヒ夫妻が集めたものではなく、写真批評家のダニエラ・ムラースコヴァーのコレクションなど、別途美術館が入手したものも多く含まれています。

創設から40数年と、さほど長い歴史をもっていないながらも、ルートヴィヒ・コレクション等をコアにしつつ、強く関連した作品を後に美術館側が補完し、充実化させていく中でターゲットを絞って独自色を出していくという、見事な収集方針がとられています。

 

もちろんドイツの写真家による名品も揃えられていました。

一枚だけですが、ジークフリートラウターヴァッサー(Siegfried Lauterwasser 1913-2000)の珍しい、若いころの写真が展示されていました。

1948年に撮影された「奇妙な水紋」という作品。

ラウターヴァッサーは60年代に入るとバイロイト音楽祭の舞台写真を撮ったことをきっかけに、指揮者ヘルベルト・フォン・カラヤンの専属写真家のような存在になり、「帝王カラヤン」のイメージ作りに絶大な役割を担った人として有名ですが、この戦後間もない頃のモノクロ写真には、抽象画のような曲線美とスタイリッシュな光線の反映がとらえられています。

ラウターヴァッサーが撮影したアーティストの肖像写真にみられる独特のポージングと陰影表現のルーツを感じさせて興味深く、見入ってしまいました。

 


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新しいところでは、トーマス・ルフ(Thomas Ruff 1958-)の大型カラー写真も展示されています。

ミース・ファン・デル・ローエが設計したチェコのブルノにある「トゥーゲントハット邸」の極めて洗練されたモダニズム建築の様子をニュートラルかつ官能的な色彩でとらえた傑作(2000年)。

本展の締めくくりに近いエリアにあって鑑賞者をおくり出しています。

 


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京都国立近代美術館には、京セラによって寄贈された1000点を超えるアメリカ近代写真の傑作群「ギルバート・コレクション」があって、コレクション展でほぼ通年、順次公開されています。

ルートヴィヒの7万点とは規模が違いますが、寄贈による写真コレクションが充実しているところも、両館に共通した特質かもしれません。