企画展「絵画のたのしみ 奈良県立美術館所蔵名品展《冬》」
■2022年11月26日〜12月25日
奈良県美、今年の冬コレは、日本前衛絵画です。
全館を使って自慢の大橋コレクションをたっぷり開陳しています。
見応えがありました。
大橋嘉一(1896-1978)はちょっとユニークな経歴を持った人物です。
出身は滋賀の大津市です。
今の京都工芸繊維大学の前身、京都工芸高等学校を卒業してから独自の染料素材・技法の開発に成功し、1928(昭和3)年に起業。
現在も茨木市に本社を構える中堅の老舗塗料メーカー、「大橋化学工業株式会社」として彼の事業は継続されています。
化学者であり有能な企業家でもあった大橋は、事業が躍進した50年代後半頃から前衛美術のコレクションを開始します。
明治生まれの実業家たちにありがちな書画骨董、西洋古典美術ではなく、日本の若い才能に注目した、ジャパニーズ・モダン・アートコレクターの先駆けともいって良い存在でした。
2000点にのぼるというその膨大なコレクションは、彼の死後、遺族の意向によって、国立国際美術館、京都工芸繊維大学、奈良県立美術館に分割して寄贈されています。
大橋化学工業本社がある茨木のすぐ近所、吹田にあった現代美術系の国際美術館(現在は中之島に移転)や、大橋の母校である工繊大への寄贈までは理解できるのですが、なぜ奈良県美にも寄贈されたのか、その事情はよくわかりません。
ともかく500点余りの作品が奈良県美に収蔵されていて、ときどきコレクション展で紹介されてきました。
さて、ちょうど現在、大阪では中之島美術館と国際美術館が共催で具体美術協会の大回顧展を開いています。
奈良県美による本展も、実は中之島の動きを意識しているところがあって、大橋コレクションに含まれる「具体」作品をタイミングよくピックアップして展示しています。
一方で、この美術館が所蔵するトリッキーなオプティカルアート、今中クミ子の《Swirl》シリーズ2作が中之島美術館に出展されるなど、レンタル関係でも実際に連携がとられています。
具体美術協会解散から50年の今年は、「グタイピナコテカ」が存在していた中之島以外でも、兵庫県立美術館での吉原治良(没後50年)ミニ特集展、元永定正(今年生誕100年)ゆかりの宝塚芸術センターで開催されたマニアックな資料展など、各地で「具体」が活発に取り上げらた一年でした。
奈良県美展の「具体」で大きな存在感を放っていたのが白髪一雄です。
第一展示室がまるまる彼の作品にあてられていました(この一室のみ写真OK)。
中規模作品が大半なのですが、その熱量に圧倒される大型作品とはまた違った、白髪独特の色彩センスの素晴らしさが感得できる優品が揃えられていました。
大橋嘉一は「具体」だからといって、何でもかんでもやみくもに集めていたわけではありません。
白髪一雄、元永定正といったこの団体を代表するアーティストたちの作品を積極的に買い入れる一方、「具体」の実質的な主宰者であった吉原治良や、女王的存在ともいえる田中敦子の作品は手元におこうとはしなかったようです。
具体美術協会への出展可否を専断していた吉原治良が選んでいた白髪や元永は認めても、その吉原自身の作品には興味を示さなかったわけです。
今中クミ子のように個性的な「円」へのこだわりを見せていたアーティストの作品は購入しても、田中敦子の「円」には執着しないという独特のセンス。
吉原も前衛コレクターとしての大橋の存在はおそらく認識していたと推定されますから、自分が無視されることをどう感じていたのか、ちょっと興味があります。
とにかく大橋嘉一というコレクターのセンスには一筋縄ではいかない、独特の傾向がみられるようです。
白髪も元永も十分に絵画の「熱量」を感じさせる人ですが、同時に非常に複雑な色彩と形態を作品に与えるアーティストでもあります。
他方、吉原治良の代表的な作品は、ある意味とてもシンプルで強い図像美が持ち味。
田中敦子も白髪や元永に負けず劣らず「熱量」のすごい人ですが、彼女の「円」には複雑さよりもストレートに色彩が主張する独特の力強さがあります。
大橋の好みは、当然に彼自身にしかわかりませんが、吉原や田中のような「はっきりしすぎている」熱さよりも、白髪や元永のような複雑で捉えようのない美のうねりのようなものを重視したのではないか、そんな風に推測する楽しみがあります。
奈良県美の安田篤生学芸課長によれば、他の2館も含めた大橋コレクションの全貌はまだまだ研究が進んでいないのだそうです。
「具体」だけではなく、難波田龍起など関西以外の前衛作品も優品がたくさん確認されています。
大阪、京都、奈良と、大橋嘉一が残した2000点を通貫する三館連携の企画を今後も期待したいところです。