ブランクーシ 本質を象る
■2024年3月30日〜7月7日
■アーティゾン美術館
日本でコンスタンティン・ブランクーシ(Constantin Brancusi 1876-1957)を本格的に回顧する企画は意外にも今回が初めてなのだそうです。
初期作品から代表作、ブランクーシ自身の撮影による写真や彼に所縁のある作家の作品まで、この美術館らしい徹底ぶりで多彩に紹介されていました。
比較的余裕をもって展示スペースが設営されていることもあり、じっくり作品と対話することができる素敵な展覧会だと思います。
ブランクーシの作品は日本各地のミュージアムで観ることができます。
各美術館の常設あるいはコレクション展における展示機会が多いためか、わりと「いつでも観ることができる」作家という印象を勝手にもっていました。
しかし彼の作品を中心とした大規模な回顧展となると話は違ってくるようです。
アーティゾン美術館の石橋寛館長による挨拶文の中では「世界的にみても、ブランクーシの作品を集めることは容易ではなく、その高い声価に比して、回顧的な展覧会が開催される機会は限られてきました」と説明されています。
さらに、石橋館長が弱音を吐くほど作品を集めることが難しいアーティストにも関わらず、偶然なのか因縁なのか、このアーティゾン展とほとんど同じ時期にパリのポンヒドゥー・センターが大規模なブランクーシ展を開催しています(2024年3月27日〜7月1日)。
ひょっとするとポンピドゥー展に出展されている作品の中にはアーティゾン側が本来は展示したかった作品が含まれていたかもしれません。
ちなみにポンピドゥーが所蔵するブランクーシの有名作「眠れるミューズ」と「プロメテウス」は昨年の秋から今年の1月まで国立西洋美術館で開催された「キュビスム展」に出展されていました。
「キュビスム展」は現在京都市京セラ美術館に巡回していますが、ポンピドゥーのブランクーシ展とかち合ってしまったため、この2作品はパリに戻ってしまい、展示されていません。
パリと東京&京都間でブランクーシ作品の争奪戦が密かに行われていたのかもしれません。
このように回顧される機会が少ないはずのブランクーシですが、なぜ、むしろ多くの日本人に馴染み深い存在になっているのでしょうか。
それは多分、この作家が作り出す造形の力が極めて強いということに原因があるように思えます。
例えば代表作の一つである「空間の鳥」(この展覧会では横浜美術館からレンタル)は一度観るとその台座まで含めて記憶の中に鮮烈にイメージが残ります。
「空間の鳥」は他のブロンズ作品同様、作家の死後も鋳造が繰り返されています。
ほぼ同じ作品が滋賀県立美術館にも所蔵されていて、同館自慢のコレクションとして度々披露されてきました。
横浜で観たり滋賀で観たりとしている内に次第にそのイメージがどんどん自分の中に根を張ってしまったのでしょう。
なお、これも偶然ですが、滋賀の「空間の鳥」は現在、箱根のポーラ美術館で開催されている「モダン・タイムス・イン・パリ 1925」展(〜5月19日)に出張しています。
箱根で観て、また八重洲で観てと、またも「空間の鳥」は私の中に鋭く印象を刻むことになりました。
ほとんどまとめて回顧される機会がなかったにもかかわらず、おそらく多くの人に「ブランクーシ」というイメージが強烈に残ってしまうという事態の要因は、とりもなおさず本展の副題である「本質を象る」という彼の芸術性にあります。
ブランクーシは対象から余計なものをとことん削ぎ落とし、それでもなお残った「かたち」を創出した人です。
「削ぎ落とし」ていくこと自体はある意味、それほど難しいことではないかもしれません。
どんどん形態そのものに迫っていけば、事物は円や四角、三角といった図形に還元され、やがて単なる面、あるいは点にまで至るでしょう。
ブランクーシの「本質」は事物が完全に抽象的存在になってしまう一歩前の段階でその「削ぎ落とし」を「止めた」ところに現れます。
そしてたいていの作品に共通して残る「本質」が一種の官能美なのです。
ミニマルな美を突き詰めていきながらエロティックな美を表現してしまうわけですから、その造形が強く魅力的にならないはずがありません。
国内のあちらこちらに点在するブランクーシが、なぜ数が少ないのに圧倒的イメージを鑑賞者に植え付けてしまうのか、本展ではその魅力を十分すぎるほど再確認できると思います。
少し驚いたこともありました。
展示作の中には2017年に鋳造された「若い男のトルソ」といった、つい最近になってまた鋳造された作品が数点みられるのです。
その多くがブランクーシ・エステートの所蔵品となっています。
ブランクーシのブロンズ作品は1970年代を中心に作家の死後における鋳造制作が盛んに行われていて、例えば本展のキービジュアルの一つとして採用されている豊田市美術館所蔵の「雄鶏」は1972年の鋳造です。
日本の地方美術館に分散してコレクションされているブランクーシ作品の多くは作家の死後、複製権を取得したナタリア・ドゥミトレスコとアレキサンドル・イストラティによってこの時期に再生産が企てられたものが多くを占めているといわれています。
しかし2010年代後半になってもブランクーシ・エステートは鋳造を認めているということになりますから、ひょっとするとこれからどんどんブランクーシのブロンズ作品は増えていくとも考えられます。
ブランクーシは自身のブロンズ作品について継続的に「磨き上げていく」ことが必要と述べていたそうです。
つまりいつまでもピカピカの状態にあるべきだと言っているわけです。
一般的なブロンズ彫像のように年月を経て味わいを増すようなあり方を作家は否定しているともいえます。
ということは、原型の摩耗はあるかもしれませんが、ブランクーシの場合、「新しい鋳造」も一定の価値をもつということがいえるかもしれません。
新しいほど「ピカピカ」なのですから、作家の意図に反していません。
ただ、無闇に量産すればそれだけ希少価値も減じることになります。
そのあたりの「調整」をブランクーシ・エステートは見極めながら再鋳造しているのでしょう。
泉下のコンスタンティン・ブランクーシが現在の状況をどうみているのか、そんなことも考えさせられる回顧展でした。
写真撮影OKの展覧会です。
会期末が近づくとどうなるかわかりませんが、今のところ混雑害はみられないようです。