倉俣史朗のデザインー記憶のなかの小宇宙
■2024年6月11日〜8月18日
■京都国立近代美術館
昨年の秋、世田谷美術館からスタートした倉俣史朗(1934-1991)の回顧展が富山県美術館での展示を経て最終会場である京近美に巡回してきました。
この人のデザインにはどこか涼やかな美が感じられます。
猛烈に暑くなってきた京都にぴったりの展覧会となったようです。
三館がそれぞれに主催者となっていますが、この企画展を実質的に主導したのはどうやら富山県美術館とみられます。
図録に掲載されている総論的文章「再び、初めて、倉俣史朗と出会うように。」を富山県美の稲塚展子副主幹が書いています。
富山県美は倉俣の椅子を7種8脚収蔵、京近美は4点ほどの作品をコレクションに加えているそうです。
両館とも倉俣史朗の生前から彼の作品を紹介してきたミュージアムです。
一方、世田谷美術館は1978年から倉俣が終生住み続けた世田谷区にあることから企画に加わった関係にあるようです。
出展されている作品は富山県美と京近美の収蔵品に加え、倉俣作品を数多くプロダクトしてきた株式会社イシマル、クラマタデザイン事務所などが提供していますが、もう一つ、大きな存在感を放っているミュージアムがあります。
石橋財団アーティゾン美術館です。
倉俣恵美子夫人によって、2022年に代表作を含む作品群と貴重な資料がこの美術館に一括寄贈されたことから同館のコレクション品が多数この特別展にも出展されています。
もともとアーティゾンは旧ブリヂストン美術館時代から積極的に倉俣に作品を発注していて現在もエントランスに彼の「ガラスのベンチ」が置かれているほどこの作家と密接な関係にありました。
海外に流出する可能性もあったという倉俣コレクションが東京にまとめて残ったことは非常に大きな意義があると思います。
さて、倉俣史朗の最高傑作とされる作品が有名な「ミス・ブランチ」です。
当初56脚、のちに18脚が追加生産されたといわれるこのアクリル製チェアの内、今回はイシマル(1988年製)、富山県美術館(1993年製)、アーティゾン美術館(2012年製)と3つの現物を鑑賞することができます。
ちなみに、現在竹橋の東京国立近代美術館で開催されている「TRIO展」には大阪中之島美術館が所蔵する「ミス・ブランチ」(1989製)が展示されています。
東西の国立近代美術館をハシゴすると合計4脚の「ミス・ブランチ」に出会うことができます。
偶然とはいえなかなかに珍しい事態ではないかと思います。
ところで大阪中之島美術館は以前、「アートとデザイン」をテーマとした展覧会「デザインに恋したアート♡アートに嫉妬したデザイン」を開催したことがあります(2023年4月15日〜6月18日)。
各作品の前に鑑賞者がそれを「デザイン」とみるか「アート」とみるかを判別するタッチパネル式装置が設けられるという極めてユニークな企画展でした。
同館自慢のこの「ミス・ブランチ」も出展されていました。
展覧会終了後、鑑賞者たちが各々の作品を「デザイン」としたか「アート」としたか、その結果が集計され同館のHP内で公開されています。
「ミス・ブランチ」は、デザインが38%、アートが62%という結果になっています。
判定装置は単純な二者択一型ではなく、両極の間にグラデーションが設けられていました。
つまり「どちらかというとアートかも」という人の結果も含まれています。
私はたしか、ややアート寄りの中間に近いあたりを選択したと記憶しているのでこの結果に違和感を覚えることはないのですが、よくよく考えてみるとかなり奇異な選択を多くの鑑賞者が行なったということがわかります。
「ミス・ブランチ」は紛れもなく「椅子」です。
たしかに座り心地が良い椅子とは感じられませんが、かといって機能性を無視した「座ることができない椅子」ではありません。
製作工房によってきっちり製図通りに組み上げられた「座るための椅子」です。
何かの目的のために創造されたものを「デザイン」とし、その前提を必要としていないものを「アート」と単純素朴に区別するならば、「座る」という明確な目的をもって製造された「ミス・ブランチ」はどう考えても本来、「デザイン」極が選択されなければなりません。
にも関わらず、多数の鑑賞者がこの椅子を「アート」と認識してしまったということになります。
倉俣史朗の仕事がもつシンプルにして複雑な魅力が象徴されているようなアンケート結果でした。
倉俣自身もアートとデザインの境界線について意識していたようです。
彼は両者の「区別はない」としつつも「ちょうどガラス(アーティスト)とプラスチック(デザイナー)の関係と似ているように思います」と発言したことがあるそうです(図録P.146)。
「ミス・ブランチ」は「ガラスがプラスチックを真似る時代に入った」と倉俣が語った晩年の作品です。
今回の展示では倉俣が残したノートやスケッチがたくさん紹介されています。
彼は夢をみたとき、文字と絵の両方でメモをとっていたのだそうです(「夢のつづれ織り」図録P.205)。
スケッチにはとてもラフに描かれた情景が描かれています。
いずれもどこか重力から解放されているような不思議な浮遊感が表されているようにみえます。
悪夢ばかりみてしまう私からはとても想像できませんが、倉俣作品から感じられる独特の「軽み」「浮遊感」はひょっとすると彼がみたのであろう、素敵に不思議な夢の世界が大きな源泉となって現れているのかもしれません。
そう考えて彼の作品を観ていると、曲線を描く棚や姿を消すかのような硝子の椅子が、彼の「夢日記」に出てきた事物を現実化させた家具であるかのように感じられてきます。
でも、夢世界のデザインをそのまま製品化してもそれはデザインにはなりえないでしょう。
使えなければデザインとはいえず、作家の自由な構想に基づくアートに分類されてしまいます。
倉俣史朗はそれがどんなに現実離れしているような外観をもっていても、座るという目的を持たせる前提に立ったとき、「機能」を疎かにしてはいないのです。
彼による極めて精緻な設計図をみると「使われる」ことがとても重視されています。
「ミス・ブランチ」がこれほど時を経ても愛され続ける理由は、やはりこの作品がどうしようもなく美しい「椅子」だからなのではないでしょうか。
写真撮影は「プロローグ」と題されたコーナーと3階会場に行く途中の中二階的スペースに設置された「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」1脚のみOKとなっています。
なおこの「ハウ・ハイ・ザ・ムーン」は実際に座ることもできます。
また、これも有名な作品「ヨーゼフ・ホフマンへのオマージュvol.2」は取り付けられた電飾が日時を限定して短時間ですが実際に光ることになっています。
詳細は京近美のHPをご確認ください。
会場には倉俣史朗が愛聴していたというLPレコードが何点か参考的に展示されていました。
グレン・グールドが弾いた1955年の「ゴルドベルク変奏曲」、レナード・バーンスタイン指揮NYPによるマーラーの交響曲第9番、小澤征爾指揮ボストン響のマーラー「巨人」(オリジナルではなく再発盤LP)。
前2者は定評のある名盤です。
小澤の「巨人」は当時としては珍しかった「花の章」が加えられた5楽章版でした。
夢幻的世界が広がる「花の章」は倉俣史朗の夢見た小宇宙にぴったりの音楽だったのかもしれません。
余談でした。