特別展
珠玉の西洋絵画:モネ・ルノワール・ピカソー和泉市久保惣記念美術館所蔵品展ー
■2024年6月29日~9月8日
■中之島香雪美術館
和泉市久保惣記念美術館の主なコレクションはなんといっても東洋・日本美術ですが、印象派等を中心として、数は少ないながら西洋美術の名品を所蔵していることでも知られています。
この企画は、和泉から久保惣の西洋近代美術系主要作品をまとめて一気に中之島に持ち込み披露してしまうという、地味に大胆な展覧会といえそうです。
展示は20数点と、規模は決して大きくはありません。
しかしその全てが超有名芸術家の作品で占められています。
渋い日本美術系の企画展が開催されるとき等は閑散とすることが多い香雪美術館ですけれど、今回は人気画家たちが見事に勢揃いしているせいか、平日にも関わらず珍しく館内が賑わっていました。
ロダンの「永遠の青春」といった大型作品もありますが、大半が小品です。
とはいえ、ゴヤやミレーに始まりコロー、ゴッホ、ゴーギャン、ドガにルノワール、ロートレック、藤田嗣治、さらにピカソやミロ、シャガールにルオーまで、よくもこれだけ有名作家を集めたものと感心するほどのラインナップです。
「紡ぐ」という行為をテーマとしたミレーとゴッホの作品が数点収集されています。
こうした作品は解説板にも書かれていたように、繊維紡績業で財をなした久保惣の意向が反映された収蔵品なのかもしれません。
ルノワールの「花飾りの女」といった華やかな作品は例外的で、全体的にはどことなく陰影深い絵画が多いように感じられました。
さて、久保惣西洋美術コレクションを代表する一枚がクロード・モネ(Claude Monet 1840-1926)による「睡蓮」です。
この絵画は、偶然でしょうけれど、今年の春に大阪中之島美術館で開催された「モネ 連作の情景」展にも出展されていました。
わずか半年の内に「久保惣のモネ」は二度も和泉から中之島に出張したことになります。
この縦型による中規模サイズの「睡蓮」は「連作の画家」モネの後期を代表する作品です。
1907年、ジヴェルニーの自邸で有名な「水の庭」をほぼ完成させたモネは、その景観を題材としつつほとんど同じ構図で15点に及ぶ「睡蓮」を制作します。
その内の13点を1909年に開催した個展「睡蓮:水の風景連作」に出展し、大きな反響を呼び起こすことになりました。
久保惣記念美術館の「睡蓮」もその記念碑的13点中の一作です。
このとき制作された「睡蓮」については、久保惣の他に2点、日本国内の美術館が所有していることで知られています。
1点はアーティゾン美術館、もう1点はDIC河村記念美術館にあります。
1909年の「睡蓮展」に展示された連作13点の中には、すでに所有者が不明となってしまった作品が4点、プライベートコレクションに収まってしまった作品が2点あります。
幸運にもミュージアムに所蔵された残る7点の内、なんと3点が日本国内にあることになります。
ちなみに残る4点は、イェーテポリ美術館、マルモッタン・モネ美術館、ヒューストン美術館、イスラエル博物館が所蔵しています。
特にイスラエル博物館の「睡蓮」は、2022年の「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜」展で来日したぱかりですから記憶に鮮明に残っている方も多いのではないでしょうか。
(以上 睡蓮連作の所在等についてはイスラエル博物館印象派展の図録に掲載された三菱一号館美術館の安井裕雄上席学芸員による非常に情報量が多い素晴らしい論考を参照しています)
先年鑑賞したイスラエルと、アーティゾン、そして久保惣の「睡蓮」を比較してみると面白いことに気が付きます。
(DIC河村記念美術館の「睡蓮」は残念ながらまだ観たことがありません。)
イスラエルの「睡蓮」とアーティゾンの「睡蓮」はどちらかというと「紫」系が基調となっているように感じられます。
モネの睡蓮といえばこのトーンがお馴染みかもしれません。
ところが、久保惣の「睡蓮」は全く印象が異なるのです。
今回の香雪美術館での展示では全体的にやや暖色系の照明がやんわりとあてられていたので、ちょっとわかりにくかったのですが、この「久保惣の睡蓮」は本来、異様に明暗がくっきりした作品です。
まるで「水の庭」が燃えているように感じられるほど黄色と赤の光線が強く発散されているのです。
水面には右から枝垂れ柳、左からポプラがそれぞれに葉と樹の影を暗く映りこませています。
その間にまるで太陽から炎がそのまま降りてきたかのような光が反映されています。
夕焼けなのか朝焼けなのか、あるいは真昼なのか、判然としません。
いずれにせよ、水自体が炎となって立ち上っているようです。
水平に浮かんでいる睡蓮の存在がなければ、印象派というより心象風景をあらわにした表現主義絵画と見紛ってしまうような作品です。
モネは自身の作品がもつ独自性について「極端に鋭い感受性と、網膜に記録された印象をスクリーンに映し出すようにすばやくカンヴァスに移し変える技術の結果」と述べています(イスラエル博物館展図録P.71)。
「久保惣の睡蓮」を「水の庭」の横に立てたイーゼル上のカンヴァスに描いたとき、モネの網膜にはどのような光景が映っていたのでしょうか。
この「燃える水の庭」からは画家がもっていたもう一つの「暗い眼」の存在を感じずにはいられません。
非常な傑作だと思います。
香雪美術館は自身の館蔵品についての写真撮影には割と寛容なのですが、借り物主体のこの展覧会では写真撮影全面禁止の措置がとられています(会場外の茶室に置かれたロダンのミニチュア版「考える人」のみOKです)。
なお、会場の一画では香雪美術館コレクションの中から近年修復を終えた作品のお披露目展示が組み合わせさていて、現在は雪舟の「山水図」(重要文化財)が展示されています(6月28日〜7月15日)。
これも今回は写真NGでした。