第77回正倉院展|奈良国立博物館

 

第77回 正倉院展

■2025年10月25日~11月10日
■奈良国立博物館

 

今年の正倉院展に関しては完全に出遅れてしまいました。
スケジュールが合わず会期末近くの日程しか押さえられなかったため、チケット完売となっていた会場内は大混雑です。
日時指定予約制がとられるようになった直後と比べ、入場者数上限がかなり緩めに設定されているのではないでしょうか。
これでは予約制導入前の混雑とあまり変わりがありません。
さらに目録(正倉院展では図録のことをこう呼称します)も売り切れという有り様です。
やはりなんとか10月中に鑑賞しておくべきでした。
(現在、目録については再版を準備していて奈良博のミュージアムショップでオンライン予約を受け付けています。)

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正倉院展では毎回、宝物の中でも特に有名な人気作品が数点出陳されますが、今回はその比率がやや高かったように思えます。
歴史教科書などにも掲載されることが多いシルクロード・ロマン系の遺物「瑠璃坏」に加えて「平螺鈿背円鏡」といった豪華な宝物が出陳されています。
「平螺鈿背円鏡」は前々回の第75回にも登場していましたから、やや展示タイミングとしては早いようにも思えますが、「瑠璃坏」と共にメインビジュアルの一つとして大活躍しています。
さらに美術工芸分野というより歴史ファンの皆さんに大人気の宝物「黄熟香」、つまり「蘭奢待」が登場、偉人たちによって切り取られた香木の断面を熱心に眺める鑑賞者でケース前はごったがえしていました。
個人的には毎回楽しみにしている正倉院ペーパーナイフともいうべき「刀子」類の出陳が今回はなかったことが残念ではあったのですが、貴重な展示機会となった宝物も多数あり、混雑で疲弊したものの見応えは十分でした。

 

 

ところで、1990(平成2)年10月、東京国立博物館で「日本美術名品展」と題された特別展が開催されています。
現在の上皇が天皇に即位したことを記念して文化庁と東博が主催した極めて豪華な展覧会です。
この年は4月にも同じく東博で国宝を集結させた「日本国宝展」が開催されています。
新元号平成を意識したお祭り企画的日本美術展が連続したわけですが、春に「日本国宝展」を開催し、さらに秋に「日本美術名品展」を同一ミュージアムで開催するという企画はいかにも過剰に思えます。
実は同じ日本美術系の大特別展ではあるのですが、二つの展覧会には大きな違いがありました。
4月の「日本国宝展」には正倉院宝物や宮内庁所管の作品が一件も出陳されていないのです。
皇室や宮内庁が所管する作品は慣例上、原則として重要文化財・国宝指定がなされませんから、「国宝展」として開催される展覧会に、実質的には「国宝中の国宝」ともいうべき正倉院宝物を展示することができなかったのです。
結果として、新天皇即位を祝うために「日本国宝展」とは別に「日本美術名品展」と曖昧に銘打って皇室所縁の作品を披露する機会をあらためて10月に設けたということだったのでしょう。

その「日本美術名品展」の出展品に選ばれ奈良から東京に運ばれた正倉院宝物があります。
これらは天皇即位を祝う究極のハレの場に登場したわけですから、ある意味、当時の宮内庁が「宝物中の宝物」として認識していた作品ということになります。
今回の第77回正倉院展でも、「日本美術名品展」の出展品に選ばれた品々の中から極めて貴重な宝物が登場していました。
「鳥毛篆書屏風」(とりげてんしょのびょうぶ)がそれです。

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全部で6扇から成る「鳥毛篆書屏風」は正倉院展のホームページをみると、各扇単体あるいは複数セットという形で過去の正倉院展や東博他で展示されてきたことがわかります(ちなみに1990年の「日本美術名品展」では第1,6扇が展示されています)。
しかし、今回のように6扇全てが揃って展示される機会は非常に稀ではないでしょうか。
鳥毛が貼られている等、極めてデリケートに仕上げられているため、展示による損耗リスクを考慮すると扱いがとても難しい宝物と推定されます。
今回は全点展示の大盤振る舞いということになります。
非常に貴重な鑑賞機会だったと思います。

この屏風は『東大寺献物帳』に掲載されている由緒をもちます。
それぞれの扇に二行の文言が篆書と楷書の同一文字を連ねて書き表されています。
篆書には鳥毛が貼られ、その上から金粉や細かく砕かれた玉蟲が撒かれています。
楷書の部分は地の紋様と共に「吹き絵」の技法が駆使されています。
型紙に絵の具を吹き付けて文字と紋様部分を白抜きで残すという手間をかけつつ、楷書にはさらに丹殻や緑青で点描が施されています。
凝りに凝った8世紀の工芸品です。
字句の内容は君主としての戒めを説いているそうですから、儒教的勧戒を天皇に意識させる装置ということができそうです。
ただ、単に勧戒を説くだけであれば篆書と楷書の二種の書体を用いつつここまで装飾的にする必要はないでしょう。
おそらくこの屏風を愛用したとみられる聖武天皇(701-756)の「眼」をも十分楽しませた調度品だったと想像できます。

とても繊細な工芸品ですから、およそ1300年もの間、たびたび修理が施されてきました。
「日本美術名品展」図録(P.14)によれば「とくに元禄、天保年間の修理が多い」ということなのですが、当初用いられた鳥毛については日本産であることが判明しているそうです。
現在みられる「鳥毛篆書屏風」はかつての鮮やかさは失われたもの、十分に古雅な魅力を伝えてくれていると感じます。
素晴らしい名品でした。

この他、1990年の「日本美術名品展」に出陳されていた宝物としては、これも大変な傑作工芸品である「木画紫檀双六局」とこのゲーム盤で使われたかもしれない「雑玉双六子」、東大寺大仏開眼法要に使われた紐「縹縷」、後白河法皇が再建大仏の開眼時に使用したとされる「天平宝物筆」なども出陳されていました。

shosoin-ten.jp

 

最後にご参考として「日本美術名品展」に登場していた正倉院宝物は下記の通りです。
ナンバリングは図録のカタログナンバーに従っています。

1.鳥毛立女図屏風(第2,3,4,5扇)
2.鳥毛帖成文書屏風(第1,4扇)
3.鳥毛篆書屏風(第1,6扇)
4.聖武天皇筆「雑集」
5.光明皇后筆「楽毅論」
6.光明皇后筆「杜家立成雑書要略」
7.螺鈿紫檀阮咸
8.紫檀木画槽琵琶(騎猟捍撥)
9.金銀平文琴
10.木画紫檀碁局
11. 碁子
12.銀平脱合子
13.木画紫檀双六局
14.雑玉双六子
15.双六子箱
16.紅牙撥鏤尺
17.緑牙撥鏤尺
18.黄金荘大刀
19.緑瑠璃十二曲長坏
20.十二稜鏡(黄金瑠璃鈿背)
21.佐波理水瓶(人面口)
22.金銅花形合子
23.銀薫炉
24.金銅鳳形裁文
25.人勝残欠雑張
26.天平宝物筆
27.縹縷
28. 彩絵長花形几
29. 雑帯残欠(中倉93-13)
30.雑帯残欠(中倉93-8)
31.渾脱半臂
32. 赤地錦半臂
33.力士脛裳
34.笛吹襪

以上です。

なお、各宝物名の表記は1990(平成2)年10月16日〜11月25日に東京国立博物館で開催された「日本美術名品展」図録掲載時のものであり、その後、宮内庁が表記を変更している作品があるかもしれません。