正倉院ペーパーナイフ 2023|第75回正倉院展

 

 

第75回 正倉院展

■2023年10月28日〜11月13日
奈良国立博物館

 

昨年よりも全体的に華やかな作品が出陳されている印象を受けました。

メインビジュアルに選ばれているのは、呆れるほど豪華に装飾された「平螺鈿背円鏡」(へいらでんはいの えんきょう)です。

企画側が、75回目という、ちょっとキリの良い節目を意識したのかもしれません。

 

shosoin-ten.jp

 

日時予約制を維持しつつ、開館時間を1時間早めて午前8時スタートとするなど、一定の混雑対策はとっているようです。

しかし、なぜか昨年より混雑度合いが激しくなっているようにも感じられました。

 

今年は、平日16時以降(金土日・祝日は17時以降)に入館すると一般料金が500円安くなる「レイト割」も導入されています。

私は、あえて「レイト」が始まる端境タイムである15時30分スタート(平日)の枠に入館したのですが、混雑を回避することはできませんでした。

奈良博を夕陽が照らす時間になっても人流はなかなかおさまりません。

 

なお、入館前の待行列を避けるテクニックは、幸いなことに、確立されています。

指定時間枠のスタートから10数分タイミングを遅くすれば回避できます(15時30分の枠であれば15時45分前後の入館を狙います)。

 

混雑を避けるには、早朝8時の枠を狙うべきだったのかもしれませんが、早ければ早いで、朝がへっちゃらな鼻息の荒いシニア層や、熱心すぎる単眼鏡系の人たちといった、私が苦手な鑑賞者がたくさん押し寄せそうなので怖気づいてしまいます。

日時指定予約制度がなかった頃よりは、いくぶん、マシなようではありますが、一度、ゆったり鑑賞できたコロナ時代の正倉院展を経験してしまうと、余計に混雑をストレスと感じてしまうようです。

困ったことです。

 

さて、今年の「刀子」、正倉院に納められた古代のペーパーナイフですが、二口、出陳されています。

 

斑犀把漆鞘黄金葛形珠玉荘刀子

 

まず、「斑犀把漆鞘黄金葛形珠玉荘刀子」(はんさいのつか うるしのさや おうごんかずらがた しゅぎょくかざりの とうす」です。

全長が38.5センチもありますから、これはもうペーパーナイフというより普通のナイフといっても差し支えない大きさの刃物です。

 

正倉院に納められた刀子は67口が確認されているそうです。

この刀子は中でもかなり大きなクラスに相当するもので、今まで観てきた刀子とも様子が明らかに違います。

豪華な金と玉の装飾が施されています。

しかし、黒漆で仕上げられた鞘の大部分は、明治期に修復されたもので、金具や水晶玉、ガラス玉もこのときの補作とされています。

ただ、全て明治に取り替えられたわけではなく、玉は新旧混在の様相を呈していて、光学調査でも、どれが奈良時代当初のものでどれが明治の後補なのか判別は困難なのだそうです。

明治の修繕ときくと、ありがたみが薄れるようでもありますが、むしろ、現在の科学をもってしても違いがわからないくらい、精緻な復元技術が施されているともいえるわけです。

これはこれで大変なお宝であることに変わりはありません。

実用性よりも装飾性がかなり意識された刀子であり、儀典等の場で相当に高位の貴人が身につけることを想定して制作されたものなのかもしれません。

 

牟久木把鞘金銅荘刀子

 

他方、もう一口である「牟久木把鞘金銅荘刀子」(むくのきのつかさや こんどうかざりの とうす)は、全長17.6センチと、一般的な刀子のサイズで制作されています。

先にみた「斑犀把」の刀子とは装飾性も対照的です。

シンプルにムクノキの素材を活かしたデザインで仕上げられていて、こちらはいかにも「正倉院ペーパーナイフ」らしい美観を備えた逸品です。

昨年(第74回)出陳されて、そのシックな美しさに息をのんだ「黒柿把鞘金銀荘刀子」に比べるとやや明るく軽快な拵えですが、むしろ「普通」に美しい刀子であり、個人的には、大きな「斑犀把」の刀子よりこちらの方が好みではあります。

 

同じ「刀子」といっても、今回のように大きさや装飾性が全く違うタイプがあります。

使用される素材も実に多様であり、次回以降もどんな正倉院ペーパーナイフが登場するのか、とても愉しみです。

 

碧地金銀絵箱

 

その他、今回、特に惹かれた出陳品としては、「碧地金銀絵箱」(へきじきんぎんえのはこ)と「鳥草夾纈屏風」(とりくさきょうけちのびょうぶ)があります。

 

前者は東大寺にかつて存在していた「千手堂」にあったとされる、献物納品を目的とした箱です。

実に印象的な緑の色彩には「岩群青」という顔料が使われています。

緑青と同様、銅から作られる化合物だそうですが、奈良時代の驚くほど洗練された色の扱い方に驚嘆します。

 

この「碧地金銀絵箱」の上蓋には一対のインコが描かれています。

左右対称性を意識した典雅な図像です。

これと同様にシンメトリカルなデザインが特に印象的な作品が「鳥草夾纈屏風」です。

国家珍宝帳」にも記載が残るという、正倉院宝物の中でも格別の由緒をもった絹製の屏風。

一頭の蝶を左右からついばむ鳥の姿が描かれています。

この夾纈は二つ折りの繊維(裂地)を染め上げているので自然と左右対称の図柄が出現することになるのですが、あたかも最初からまるごとデザインされていたかのような優れた構図をみることができると思います。

「左右対称性」の美は、平安期以降、次第にみられなくなります。

陸風の古雅が維持されていた8世紀のセンスが小さい図像から伝わってきました。

 

碧地金銀絵箱 上蓋の図像(部分)

鳥草夾纈屏風の図像(部分)