「5番目の国立博物館」としての皇居三の丸尚蔵館

 

 

皇居三の丸尚蔵館 開館記念展 皇室のみやびー受け継ぐ美ー
第1期「三の丸尚蔵館の国宝」

■2023年11月3日~12月24日

宮内庁三の丸尚蔵館」あらため「皇居三の丸尚蔵館」がリニューアル記念の特別展「皇室のみやび」を開催しています。

全体の会期末は来年2024年の6月23日までですが、1期から4期と区切られていて、各々展示品が全て入れ替わりますから、実態としては4つの異なる内容の展覧会シリーズとみた方が良い企画です。

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その記念すべき1期は「三の丸尚蔵館の国宝」と銘打たれています。

文字通り、展示されている作品は全て国宝です。

すなわち、「春日権現験記絵」「屏風土代」「蒙古襲来絵詞」「動植綵絵」の4件(全て写真撮影OKです)。

ただし、いずれも長い巻子本あるいはセット物なので、展示されている部分はそのごく一部です。

特にお目当てにしているファンも多いと想定される伊藤若冲の「動植綵絵」は、12幅(全30幅の内)をくるくると展示替えするので一度に鑑賞できる数は4幅とかなり限定的となっています。

 

また、この第1期では、別に今上天皇の即位5年&成婚30年を記念した企画展が組み合わされているため、二つある展示室のうち、本展は第2展示室のみでの開催となっています。

つまり「三の丸尚蔵館の国宝」展だけについていえば、規模としてはかなり小さい展示であるということをあらかじめ承知しておかないと、肩透かし感を覚えることになると思います。

(なお来年1月4日にスタートする第2期からは二つの展示室全てが「皇室のみやび」展として使用されます)

 

高階隆兼「春日権現験記絵」巻十九(部分)

 

もちろん皇室ファンの方々には御即位成婚記念展も見どころだとは思います。

私個人としては、一点だけなのですが、前田昭博(1954-)が手がけ献上された白磁「白瓷面取壺」に大きな感銘を受けました。

優美さとモダン性が結合した献上品にふさわしい気品のある工芸です(なお即位成婚記念展は写真撮影禁止です)。

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さて、「宮内庁」がとれて「皇居」を冠することになった三の丸尚蔵館なのですが、まさに「名は体を表す」といいますか、実態として大きく運営主体が変わりました。

今年2023年10月から、宮内庁の管轄を離れ、文化庁配下の「独立行政法人国立文化財機構」に運営が移管されています。

 

この独法は主に東京国立博物館京都国立博物館奈良国立博物館九州国立博物館を掌握している組織です。

つまり、三の丸尚蔵館はここが所管する「第5番目の国立博物館」ということになったわけです。

地味な出来事ではありますが、ミュージアム界隈に限ってみると、近年では結構重要な文化行政上の改編といえるのではないでしょうか。

 

蒙古襲来絵詞 後巻(部分)

 

ところで、もともと皇室所縁の文化財に関する扱いはややわかりにくいところがありました。

これを象徴する良い例がいわゆる「法隆寺献納宝物」の一群です(今回のシリーズでは展示されません)。

 

1878(明治11)年、経済的に窮していた法隆寺は多数の寺宝を皇室に献上し、代わりに1万円の資金を下賜されています(相国寺による献上品だった伊藤若冲動植綵絵」と同じ金額です)。

献納品は全て天皇家のお宝、つまり「御物」として戦前まで東京帝室博物館(後の東博)に収蔵されていました。

戦後、これらの御物が国有化される際、その大半が東博の所蔵品として移管されたのですが、このとき、10件だけ、天皇家が引き続き手元に残すこととなりました。

さらに、昭和天皇崩御後、この内、お馴染みの「聖徳太子像」と「法華義疏」を除いた8件が皇室の手を離れ宮内庁所管に移されました。

つまり平成以降、「法隆寺献納宝物」は、(1)御物が2件、(2)宮内庁三の丸尚蔵館収蔵が8件、(3)東博法隆寺宝物館に残る約300件と、異なる3つの様態で所有されることになっていたわけです。

 

伊藤若冲動植綵絵」から「梅花群鶴図」(部分)

 

帰属様態の違いは重要文化財指定にも大きく影響します。

よく知られているように、天皇家宮内庁が所管する文化財は、慣例的に、重文や国宝の指定がなされません。

ですから、普通なら明らかに国宝指定を受けてしかるべき作品であっても上記(1)(2)の10件は対象外ということになっていたわけです。

実際、(3)である東博法隆寺宝物の中には国宝や重要文化財に指定された品々が多数ありますから、その価値評価に関し、事情を知らなければダブルスタンダードそのものともいえる状況が生じていたことになります。

 

三の丸尚蔵館文化庁への所管変更に先立ち、昨年9月、今回展示されている「春日権現験記絵」などの4件が突如として、いきなり国宝指定された背景には、尚蔵館の収蔵品が宮内庁管轄から離脱するという前提が影響していたのかもしれません。

また、今後、独立行政法人として運営していく以上、一定の収益面を意識した経営が求められますから、集客性を勘案し、一部の尚蔵館コレクションについて一気に「国宝化」を行なったともいえそうです。

先にみた(2)の8件の中にも将来、重文国宝指定がなされる作品が当然現れてくると思われます。

 

小野道風「屏風土代」(部分)

 

そうなると、さらに微妙になってくるのが、「正倉院宝物」との関係性です。

これらは全て宮内庁所管ですから、当然に国宝重文指定品は一件もありません。

しかし、今回、宮内庁から文化庁に移管された「法隆寺献納宝物」8件の中には、「木画箱」のように正倉院宝物とまるで同じような一級の工芸品が含まれています。

おそらく早晩、重文あるいは国宝指定を受けるのでしょう。

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ほぼ同等同質の文化財的価値をもつ作品に対する重文指定が法隆寺(東博と尚蔵館)と東大寺(宮内庁正倉院事務所)で異なってしまうというのは、今まで以上に説明が難しい現象ではないかと思います。

加えて「正倉院」の建物自体は、奈良の寺社群が世界遺産化される際、「国によって保護されている文化財」であることがユネスコから求められたため、宮内庁所管にも関わらず例外的に「国宝化」された経緯にあります。

「慣例」という名の「しきたり」を墨守しているようでいながら、結局行き当たりばったりで運営されているようにみえることに加え、「器」がNational Treasureなのに「中身」は未指定という正倉院の状況は、国内外双方から見てやはり相当におかしな事態ではないかとも思います。

これから「皇居三の丸尚蔵館」の収蔵品が次々と重文指定されていくにつれ、宮内庁管轄の文化財との「慣例的区分け」がますますわかりにくくなってくるのではないでしょうか。

 

それはともかく、「5番目の国立博物館」となった同館を国立文化財機構がどのように運営していくのか、他館との連携活性化も含めてとても楽しみではあります。

 

東京国立博物館 法隆寺宝物館

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