LVMHのゲルハルト・リヒター

ゲルハルト・リヒター「Abstrakt」
 ■2021年11月19日〜2022年5月15日
 ■エスパス ルイ・ヴィトン大阪

 

ある日本の若手アーティストが「ゲルハルト・リヒターばかり高く売れるからウンザリする」とぼやいていたことをちょっと思い出してしまいました。

心斎橋のエスパス ルイ・ヴィトン大阪で約半年にわたって展示されたリヒターの作品18点。

文字通りお高いブランドのビルの中でみると、超高額での取引が当たり前になっているリヒター作品がさらに高そうにも見えてきます。

 

jp.louisvuitton.com

 

しかし、実物を観ればわかりますが、高くて当たり前、なのです。

ゲルハルト・リヒター(Gerhard Richter)の芸術を特徴づけている最大の要素、それはとびきり上質な「技術」だと、私は思います。

 

本展のキービジュアルとして採用されている「ニンジン」(MÖHRE 1984)にしても、初公開になるという"940-4 Abstraktes Bild"、"941-7 Abstraktes Bild"にしても、一見、ランダム性が強く感じられる抽象絵画です。

しかし、じっくり鑑賞していると、色彩配置から筆致、全体の構成に至るまで、驚異的に洗練された絵画表現技術が駆使されていることに気がつくと思います。

荒々しく走っているように見える絵筆の痕跡に入念な技巧が仕込まれています。

どのようなテクニックを使ったらこれほど繊細な描画が可能なのだろうか、というくらい。

全くテクニックとは無関係の、勝手に自己完結しているようなモダン・アート絵画はいくらでもありますが、リヒターに関しては、独断と偏見に満ち満ちた印象として、十分、その「技術」にまずお金を払って良いと感じさせてくれるところがあります。

だから、高い、のです。

 

1932年、ドレスデンに生まれたリヒターは、戦後、まず東独支配下となった美術大学で徹底的に伝統的絵画手法の技術を叩き込まれた人です。

西側に脱出し、ヨーゼフ・ボイス等の薫陶を受けながら、デュッセルドルフで新しい才能を開花させてからも、一貫して彼の芸術の根本には、東独時代に身体レベルで染み付いたのであろう、厳格に上等な技術の力があるように思えてなりません。

 

 

LVMHが Fondation Louis Vuittonを開設したのは2014年。

美術館としては10年にも満たない歴史しかありませんが、すでに有名現代アーティストの作品を数多くコレクションに加えていて、日本人では草間彌生村上隆の名が確認できます。

リヒターに関しては、1960年代の、まだモノクロームが支配していた時代から、本展にも登場している"Strip"など、厳しく鮮烈に階梯を織りなす色彩芸術が印象的な2010年代頃まで、多彩な作品を入手。

そのいずれもが、ゲルハルト・リヒターの芸術の中でも非常に完成度が高い、特級の作品だと思います。

 

www.fondationlouisvuitton.fr

 

今年、リヒターは90歳。

来月、6月7日から東京国立近代美術館で大規模なリヒター展がいよいよ開幕します。

心斎橋で半年開かれていたミニ・リヒター展は、竹橋への長い導火線、だったのかもしれません。