パリ ポンピドゥーセンター キュビスム展 ー 美の革命
ピカソ、ブラックからドローネー、シャガールへ
■2023年10月3日〜2024年1月28日
■国立西洋美術館
夏のマチス展(都美)に続く、ポンピドゥーセンターのコレクションを中心とした特別展です。
建物老朽化によるポンピドゥーセンターの大修繕工事に伴い、この機会をとらえた館蔵品の出張企画が組みやすくなっているのでしょう。
そういえば先日の「ローランサンとモード」展でも、ここが所蔵する彼女の代表作が来日していました。
改修工事による長期休館は残念ですけれど、結果として、この国で半世紀ぶりとなる大キュビスム展が開催されることになったわけですから、関係したみなさんには感謝しかありません。
ポンピドゥーセンターからの出張品だけではなく、ポーラ美術館など、国内のミュージアムが所蔵する傑作も数点、取り寄せられていました。
なお、この展覧会はほぼ写真撮影可能となっていますが、国内美術館からのレンタル品を中心にカメラ不可扱いになっている作品もあります。
撮影禁止マークは掲示されているものの、紛らわしいので間違って撮影しないよう、注意が必要です(うっかりスマホを該当作品に向けると監視スタッフの方がとんできます)。
本展は、まずセザンヌに対して敬意をこめて一瞥した後、当然に、ピカソとブラックからキュビスム作品の紹介をはじめています。
特にブラックの作品群はどれもこれもキュビスム自体を代表するような名品ばかりで圧倒されました。
ただ、こうしてまとめてピカソ&ブラックのキュビスム絵画を観ていると、きわめて贅沢なことに、だんだん飽きてもきます。
形状や視点の面白さは存分に感じられるものの、「色」となると、結構、渋いトーンが採用されている絵画が多いため、案外、変化が乏しく感じられてくるからかもしれません。
そして、そろそろ色彩が恋しくなる頃を見計らうかのように登場する大作が、ロベール・ドローネー(Robert Delaunay 1885-1941)の「パリ市」です。
縦、約2.7メートル、横は4メートルを超える巨大キュビスム絵画。
この絵は本展のキービジュアルに採用されてもいるのですが、どんなに拡大されたポスターやパネルでも実物より大きく再現されてはいませんから、実際に作品の前に立ってみると、その規模感にまず驚くことになると思います。
1912年3月に発表されたこの作品について、ギヨーム・アポリネールは、「失われた芸術概念の到来を示し、近代絵画のあらゆる努力を統括した」と、ただちに、やや大袈裟なくらい絶賛しています(図録P.236)。
詩人をしてこうまで言わしめてしまったドローネーの「パリ市」ですが、実物を鑑賞すると、アポリネールの高揚した気分が直接伝わってくるような迫力を感じます。
三美神とみられる裸体女性を中心に、右側にはドローネーの代表的モチーフであるエッフェル塔らしい構築物がみえ、左下にはセーヌ川なのでしょうか、橋と船がエッフェル塔の赤茶けた色を受け取るように描かれています。
多視点からの描写を多用した明らかなキュビスム手法がみられると同時に、ここにはブラックにはなかった「色彩」の圧倒的横溢がみられます。
この作品の横に並べられた、こちらも大作であるアルベール・グレーズの「収穫物の脱穀」(国立西洋美術館蔵)の暗い色調もあって、より一層、「パリ市」の明るい透明感が際立っていました(グレーズも素晴らしい作品ではあるのですけれど)。
ただ、ドローネーが純粋にキュビスムに与していた時期はそれほど長くはなかったようです。
同じ1912年に描かれた「窓」では、具象的要素がほとんどみられなくなり、さらに翌年にかけて描かれた「円形、太陽No.2」では、もはや抽象絵画の域に達しつつあるように感じられます。
ロベール・ドローネーは、どんどん「色」自体の探究にのめりこんでいった人です。
キュビスムがもっていた多視点描画という手法から、色の「同時対比」というこの画家独特のスタイルへ遷移していきます。
「円形、太陽No.2」を観ていると、オレンジ、グリーン、ブルーといった色彩たちがぐるぐる回り出すような不思議な感覚に襲われました。
これも「パリ市」と同様、大変な傑作だと思います。
さて、ドローネー夫人、ソニア(Sonia Delaunay 1885-1979)の作品が夫の絵画に続けて展示されています。
ロベールの探究した色の世界を、同じような手法で作品化しているので、ソニアの絵画をみて「ドローネー」とあると、はじめは、てっきり夫であるロベールの作品かと思えてしまうほどなのですが、よくみると彼女独特の色調センスがじんわり伝わってきます。
今回、ポンピドゥーからは「バル・ビュリエ」という、横の長さが4メートルを超える「色彩の帯」とも言える絵画が来日しています。
滅多に日本ではみることができない、これも大作です。
他方で、ソニア・ドローネーの、ロベールとは違った一面も紹介されています。
1910年代の彼女を代表する作品の一つといってよい、「シベリア横断鉄道とフランスの小さなジャンヌのための散文詩」です。
これはブレーズ・サンドラール(ダリウス・ミヨー「世界の創造」の台本を書いた人です)による詩集として彼とソニアが共同で1913年に制作した本です。
本展ではそのカンヴァス画を観ることができました。
ソニアの挿絵は、書物としての体裁上、蛇腹状に折り畳まれることが前提とされているため、ここでは縦に長く展示されています。
実はこの作品は日本にもあり、京都国立近代美術館が、詩集としての形を保ちながらコレクションの一つとして収蔵しています(2021年度の購入・価格はなんと60.5百万円です)。
京近美はこの本を「20世紀アートブックの最重要作品の一つ」としていますが、デザイナーとしても活躍したソニアの多方面な才能を代表する一作ともいえるかもしれません(京近美蔵の詩集は本展では展示されていません)。
来年の1月下旬までと長期にわたる展覧会ですから、週末や会期末を除けば、さほど大混雑することはないように思われます(平日午前に鑑賞しましたが、特段のストレスは感じませんでした)。
なお、本展は来年、京都に巡回(京都市京セラ美術館 2024年3月20日〜7月7日)しますが、東京展とは一部作品が異なるようです。