京都市下京区、高辻室町にある旧成徳校前の早咲桜が見頃を迎えています(2023年3月中旬現在)。
ソメイヨシノよりもかなり早めの時期、およそ3月初旬、毎年律儀にもこの場所にだけまとまって盛大に開花するので、四条烏丸界隈のピンポイント的な名物となっています。
気のせいでしょうか。
咲きはじめは花びらのピンク色がことさら新鮮に目に映るような気がします。
散り際になるといくぶん白さが優勢となるようにみえるのですが、それはそれでとても美しく感じられます。
高辻通をはさんで斜め向かい側にある高木珈琲本店で、まったりと桜の余韻に浸りながら、至極ゆるい時間を過ごしていると、どこか別世界にトリップしているような多幸感に包まれたりもします。
ここが早咲桜の名所となったのはさほど昔のことではありません。
植樹は2010年代に入ってから行われています。
成徳中学校は、それ以前の2007年、すでに廃校となっていました。
そもそもこの「春めき」という桜は神奈川県、箱根も近い南足柄市で育成され、2000年に品種登録されたのだそうです。
まだ鑑賞樹として認められてから20年余りしか経っていません。
タイミングとして4月の入学式ではなく、卒業式の時期に咲いて生徒たちを送り出すという、とても粋な花ということになりますが、旧成徳校の場合、「春めき」が植えられたとき、もうこの建物内には在校生も卒業する生徒も存在していなかったことになります。
なんとなく幻想味すら感じるエピソードです。
さて、昨年、2022年11月に開催され話題となった「京都モダン建築祭」。
ここも「元成徳中学校」としてその内部が一般公開された建築の一つでした。
現在は事務所などにも使われていて、完全に門戸を閉ざしている建物ではありませんが、怪しまれず堂々と見学できる機会でしたからちょっと覗いてみたのでした。
全国に先駆けて小学校が整備されたことで知られる京都市。
成徳校も非常に深い歴史をもっています。
開校はなんと1869(明治2)年の9月です。
「下京九番組小学校」として誕生しています(1872年「成徳尋常小学校」と改名、1948年には小学校から中学校に改変)。
児童数の増加などにより、開校時の新町四条から室町綾小路へと移転しますが、以降もどんどん手狭となってきたため、1931(昭和6)年、現在の地に鉄筋コンクリート3階建の新校舎を建設。
これが今に残る旧成徳中学校の建物です。
昔の写真を見ると、現在桜がある場所には棕櫚のような植物が整然と配されていたことがわかります。
竣工当時は、当然に高辻通の建物疎開もまだ行われていませんし、近辺の室町新町界隈には商家などの重厚な町屋が立ち並んでいたはずですから、そのモダンさが今よりもさらに際立っていたことが想像できます。
東西に長い廊下を持つこの校舎は、階段や玄関ホールにアールデコ調のデザインが施され、細部に至るまで凝った仕様が確認できます。
高辻通に面したファサードは美しいアーチ窓を連続させながら、今では盛大に蔦を絡ませ、電柱や電線による景観への激しい侵害が残念ではあるものの、貫禄十分の美観を周囲に提供。
内部も外部も、現在ではとても再現不可能とみられる豪華な質感が保たれている建築です。
さらに驚くのは、土地取得から什器備品を含め、その建設費用をすべて学区の住民たちが寄付金として供出したという歴史的事実です。
学校債の発行が禁じられていた昭和初期、約4年をかけて住民たちが積立を行い、巨額の費用を賄ったのだそうです。
学区単位で立派な校舎を競って建設していた京都市民たちのプライドと、まだ十分経済力をもっていた下京、特に室町界隈という地域の力が生み出したモダン学校建築の大傑作です。
往時、児童生徒たちが出入りしたという門扉には特徴的な装飾が施されています。
まるでオーストリアやドイツの分離派建築を思わせる、半円と方形を複雑に組み合わせたその瀟洒なデザインはレトロとモダンが合体したような不思議な魅力を今も放っています。
設計施工は京都市営繕課です。
京都市内に建てられた昭和初期モダン市立学校はこの組織に属するほとんど無名の公務員たちによってデザインされたもの。
中でもこの成徳校は、この門扉に代表されるように、当時の先端的な意匠をふんだんにとりいれていて、お役所仕事のレベルをはるかに越えた成果が確認できます。
「京都モダン建築祭」では、実に凝ったその内部仕様もじっくり鑑賞することができました。
成徳校自体は閉校してしまいましたが、統廃合の結果新たに誕生した下京中学校の「離れ」みたいな存在としてグランドや体育館と共にこの建物は維持され、現在では祇園祭山鉾連合会の事務所などとしても使用されています。
とはいえ、こうした昭和初期モダン建築はいつ取り壊されるか、予断を許さない面もあります。
「早咲桜の名所」化は、それを防ぐ意味でも実はとても大事なこと、なのかもしれません。