渉成園 桜に浮かぶ異形楼閣

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東本願寺飛地境内である渉成園を「ショウセイエン」と言う京都の人はあまりいなくて、大概、「キコクテイ」(枳穀邸)と呼んでいます。

理由は、表向きにはかつてこの庭園が、枳穀、つまりカラタチで囲まれていたから、ということになっていますけれど、単に、「ショウセイエン」というより「キコクテイ」と言った方が口が疲れないからだと想像しています。

 

また、カラタチというとなんとなく風流なイメージがありますが、実態は鋭い棘だらけの植物であり、下京の平地にある市中庭園として、外からの侵入を防ぐために張り巡らされた実用の生垣でもありました。

今でも庭の南西角に少しだけカラタチが植えられていて、往時の防御柵的風情を残しています。

 

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近年は京都駅至近にある桜の隠れた名所として喧伝されています。

混雑すると困ったことになりますからこの時期は近寄っていませんでしたが、今年はまだ若干コロナ禁忌が続いているのでゆったり過ごせるのではと見越し、久しぶりに庭内に入って見ました。

昨年春まで続いていた印月池の水抜き修復工事も終わり、北西エリアに集中した桜の木々が緑色の水面とともに見事な景色を作りだしています。

平日午後、オフシーズンに比べると人がいましたが、人口密度は低く快適に過ごすことができました。

 

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現在渉成園内に点在する建築物は、一部慶応年間に建てられたものも存在しますが、大半は明治以降の近代に再建されたものです。

庭園自体は1653(承応2)年、石川丈山の指導によって整備されたと伝えられています。しかし、1864(元治元)年の大火により、東本願寺本体とともに庭内の建物は全て焼け落ちてしまいました。

 

現在、おそらく園内で一番目に付く建築物が「傍花閣」(ぼうかかく)です。

とても小さい建物なのですが、その形状は他に類例が思いつかないほどユニーク。

名前の通り、花、つまり桜を見るために作られた楼閣です。

でも、なぜこんなヘンテコな形をしているのか。

 

1892(明治25)年に再建された現在の建物を見ただけではわかりません。

京都府教育委員会が2009年に刊行した「京都府の近代和風建築 : 京都府近代和風建築総合調査報告書」(以下「報告書」)に、その秘密が書かれていました。

 

入母屋造、柿葺の屋根をもち、南北両側に山廊という階段が取り付けられています。

建物の1階部分両脇に奇妙なカーブを伴った張り出しがみられ、内部のコーナーには腰掛け用とみられる直方体を見ることができます。

「報告書」では、楼上の茶室に関係した「待合」なのではないかと推測していますが、そもそもこのカーブがなければ、待合スペースも作られなかったようにも感じます。

まず、カーブありき、なのです。

 

理由は、現在建っている「傍花閣」の前身、つまり蛤御門の変によるどんどん焼けで焼失する以前の姿にあるようです。

元々この建造物は、すぐ西に建てられている「園林堂」(昭和32年再建)に向かうための「門」としての機能を担っていました。

「傍花閣」のかつての姿は、「報告書」によれば、「いわゆる龍宮門形式で、漆喰仕上げの袴腰を持つものだった」とあります。

つまり、焼失前、この楼閣は白くカーブした脚を備えた、竜宮城の入り口のようなスタイルを持っていたということになります。

ところが、明治の再建では漆喰仕上げではなく、剥き出しの木造でかつてのカーブを再現することになりました。

1階部分に付属する奇妙な曲線をおびた不思議な妻壁の正体は「竜宮門の脚」だったのです。

 

ただ、木造で竜宮門の白くつるりとした質感を表すにはどうにも無理がある上に、現状、この楼閣は周囲を柵で取り囲まれていますから、かつての「門」としての機能が完全に失われ、「園林堂」との関係も判然としない状態になっています。

だから、何が何だかわからない、一見すると珍妙な建築として屹立する状況に至っているのです。

 

しかし、では、かつての姿のように白い漆喰で竜宮門を枳殻邸の中心に再現したらどうなっていたか。

とても現在のような瀟洒な情景が生まれるとは思えません。

キッチュな似非中国庭園のような雰囲気に堕してしまったことが容易に想像できます。

近代茶室として復活させるにあたり、庭の景観に馴染むように、再建を手掛けた設計者は、あえて漆喰の白を避けたとみるべきでしょう。

建築本来の意味は曖昧になり孤立しながらも、桜の園に浮かんでいるように見える「傍花閣」。

これはこれで、目に十分楽しい小建築です。

 

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渉成園 傍花閣 南面

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渉成園 傍花閣 東面

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渉成園 傍花閣 1階部分

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渉成園 傍花閣 1階部分のカーブ

 

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渉成園|真宗大谷派(東本願寺)