再開館記念「不在」 ー トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル
■2024年11月23日〜2025年1月26日
■三菱一号館美術館
2023年4月から約1年半の間、メンテナンス等のために休館していた三菱一号館美術館が2024年11月にリニューアルオープンしました。
長期休館明けの、本来はおめでたい再開展のはずなのにそのタイトルは「不在」です。
フランス近代系を得意とし、比較的華やいだ企画が多かったこの美術館にしては珍しく、なんとなく不穏な気配を感じさせるところが気になり覗いてみることにしたのでした。
コロナ禍がきっかけとなっている展覧会です。
ソフィ・カル(Sophie Calle 1953-)は、2020年、当時三菱一号館美術館の館長だった高橋明也(1953-)からの誘いを受け、ここで展覧会を開くことになっていました。
今回の企画は、パンデミックが最も深刻な時期と重なり開催自体が中止となってしまったその幻の2020年ソフィ・カル展を、再開館記念にあわせて再現しようという試みです。
しかし、2020年時にはおそらく来日が予定されていたソフィ・カル本人が今回は来ていません。
そして、彼女を招聘した高橋前館長も現在はここを去り東京都美術館の館長に就任していますから直接的には関係していないことになります。
かつての企画に関係した肝心の当事者たちが「不在」なのです。
もちろん、この展覧会のタイトル「不在」には主催者によって別の深い意味が込められてはいます。
しかし、本来は存在していたはずのアーティスト本人とそれを迎えるホスト役的人物がいないという現況自体が、ある意味シニカルに「不在」そのものを意味しているともいえそうです。
一方で、ソフィ・カルという芸術家自身、「人の痕跡」「記憶」といったテーマにこだわり続けている人でもあります。
来日しないことで、むしろ彼女の存在自体の「不在性」が会場に濃厚に漂っているようにも感じられました。
2020年展で計画されていたときよりもソフィ・カル作品の展示量は少ないのかもしれません。
また、本来は彼女自身が一号館美術館が有するルドンやロートレックのコレクションとのコラボレーションを考えていたのでしょうから、今回の本人不在展は当初意図されていた構成とはかなり違っている可能性があります。
でも、2020年展の亡霊のようなものを中途半端に再現することを三菱一号館美術館は上手に回避したようです。
展覧会の大半をこの美術館が誇るトゥールーズ=ロートレック(Henri de Toulouse-Lautrec 1864-1901)のコレクションで埋めつくすことで、再出発展らしさを演出しています。
ロートレックのメジャーなポスター類は日本各地のミュージアムで簡単に観ることができます。
世紀末あるいはジャポニスム関連の企画展等にも頻繁に登場しますから、大半の鑑賞者にとってあまり目新しいものではないと思われます。
しかし、ここのコレクションはその規模と質の面で抜きん出たレベルを誇っています。
主要な作品は当然として、ロートレックの最高傑作といわれるリトグラフ集「彼女たち」がまとめて展示されていました。
さらに今回はフランス国立図書館からの借り受け品も加え、合計136点もの作品が登場しています。
こうしたリニューアル記念展でもないと、ここまでまとめて一号館のロートレック・コレクションを堪能できる機会は少ないかもしれません。
実態としてみると、この「不在」展は、「大ロートレック展」+「2020年ソフィ・カル展の縮小版」といった構成に整理できると思います。
二つのセクションに有機的な関連性はあまり感じられません。
しかし、一室だけ、ソフィ・カルと三菱一号館美術館のコレクションが見事にコラボレーションした展示がみられます。
オディロン・ルドン(Odilon Redon 1840-1916)の大作にしてこの美術館を代表する至宝「グラン・ブーケ」とソフィ・カルによる「グラン・ブーケ」のコラボ展示です。
ソフィ・カルは2019年に三菱一号館美術館を訪れていますが、そのときは作品保護のため「グラン・ブーケ」が展示されていない時期にあたっていたそうです。
絵の「不在」にヒントを得て制作された「大花束」ということなのでしょう。
この一室こそ、展覧会のタイトルである「不在」に最も相応しい場所といえるかもしれません。
写真撮影がごく一部のエリアしか許可されていないため、「グラン・ブーケ」展示の様子はご紹介できませんが、デリケートなパステル画保護のために照明が一段暗く設定された室内で響きあうルドンとソフィ・カルの共演は素晴らしいものでした。
さて、ここからは余談が連続します。
一つは三菱一号館美術館の新しい館長さんのことです。
長期にわたって初代館長を務めた高橋明也が退任した後、2020年9月から三菱地所の木村恵司がつなぎ役として二代目館長を務めていましたが、2024年4月、元京都国立近代美術館の副館長だった池田祐子が新館長に就任しています。
池田館長にとって今回が就任後初の展覧会となったようです。
京近美時代には非常に素晴らしい企画をいくつも主導、担当しておられました。
講演会等での知的に落ち着いた語り口も記憶に残っています。
高橋館長時代とは一味違った新しい企画監修センスに期待しています。
そしてもう一つはこの美術館のお向かいのことです。
現在は通りを一本挟んで東側に三菱UFJ銀行本店(旧三菱銀行本店)のビルが建っていますが、まもなくその建て替えの工事が始まるようなのです。
すでにこのビルでの営業は停止していて出入口は全て閉鎖されています。
新本社ビルの竣工は2029年が予定されているそうです。
美術館側からみると、しばらくは工事のノイズとか振動が結構心配ですが、新しいビルができると付近の景色も一変しそうなので、それはそれで楽しみでもあります。
金融機関のビルですからアミューズメント系の付属施設等は期待できませんが、三菱一号館美術館も三菱UFJ銀行本店の建物も同じ三菱地所の持ち物ですから、少し一体感に配慮した施工が検討されるかもしれません。
特に東京駅丸の内南口の地下から一号館へのアクセスがさらに快適になることを期待したいと思います。
以上、二つ目の話題は本当に余談でした。