「窮鼠はチーズの夢を見る」(行定勲監督)

 

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「窮鼠はチーズの夢を見る」(ファントム・フィルム配給)

 出演: 大倉忠義 成田凌 吉田志織 さとうほなみ 咲姫みゆ 小原徳子

 脚本: 堀泉杏 (原作 水城せとな)

 音楽: 半野喜弘

 監督: 行定勲

 2020年9月11日公開

 

一種のインテリア映画です。


この映画には主に四つの部屋が登場します。

最初は主人公大伴恭一(大倉忠義)と妻知佳子(咲姫みゆ)が暮らすマンション。

白を基調とした明るい室内。
普及型フランス家具みたいな箪笥が置かれたリビング。
要するにやや乙女チックな、一見センスが良さそうでいて持ち主の凡庸さが透けて見えるインテリア。

食卓にはポール・ヘニングセン風の照明器具が吊るされていて、ここは夫の主張がわずかに取り入れられたかもしれないけれど、全体は妻のセンスで統一されていることが推測される演出。

恭一はどうやら品川駅港南口辺りの広告代理店勤務。
ヘルメット無し、スーツ姿の自転車通勤。
会社からさほど遠くはないところに住んでいるのでしょう。
30歳少し手前の設定であるにもかかわらず恭一の収入はこの部屋の規模と内装を見るかぎり、同年代と比べかなり高いことが想像されます。
青山・外苑前近辺とみられる中華料理屋も頻繁に使用しています。

 

次は、もう一人の主人公と言ってもいい今ヶ瀬(成田凌)が暮らす部屋。

興信所勤務。
こちらも20歳代後半。
どこに住んでいるかわかりませんが、アジアンテイストのアパート風。
全て間接照明の仄暗い暖色系で統一。

仕事なのか趣味なのか、時々4,5日、遠方に出かけています。
生活感よりも、止まり木的に使われている雰囲気が部屋から伝わってきます。
実際、恭一と暮らすようになってからは引き払われたらしい。

しかし、この部屋は住人の好みが専制的にインテリアに反映され、独自のセンスに裏打ちされた世界観、美意識を醸し出している点で、他の三つの部屋とは根本的に異なります。

 

3つめに、知佳子と離婚した恭一が引っ越した一人住まいの1LDK。

相変わらず自転車通勤なのでおそらく大田区や港区辺りの設定。
部屋の規模に不釣り合いな本格的キッチンもあり、場所によっては20万円くらい家賃はかかりそうです。

結婚していた頃の部屋と全く雰囲気が変わります。

コンクリート打ちっぱなしに総じてダークな色調の内装。
元妻の趣味を全否定するようなインテリア。
実際、美術を担当した相馬直樹が「妻知佳子好みの生活からの反動を感じさせることを意識しました」と語っています(NB Press Online)。

しかし、恭一自身、別に確固とした美意識があるわけではない。
調理家電はものの見事にバルミューダで統一する一方、アンティーク調のチェスト上には50's風のラジオや抽象的なオブジェに混じって生活日用品が置かれていたり。
センスに一貫性があるようで、ない。
雑誌『Casa』がカウンターテーブルの上に置きっぱなし。

なんとなくハイセンスな暮らしを目指していて、収入もそれを達成出来そうなレベルなのだけれども、結局適当なところで満足している。
そんな東京のどこにでもいそうな人物の像が部屋から滲み出てきます。
そして、この部屋の佇まいそのものに恭一の人間性が端的に示されてもいます。

 

最後は恭一と婚約する岡村たまき(吉田志織)が母と暮らす部屋。

この母は、恭一が勤務する会社の役員(国広富之)の内縁の妻。
壊れた戸棚を恭一が修理する場面が描かれます。
こぎれいには見えますがそれなりに生活感がある部屋。
先にみた三つの部屋とは生活レベルが違いますが、明るく平凡な日常が約束された、たまきとの生活が予見できるような空間演出。

 

恭一の人間性を端的に言い表すセリフを元カノである夏生(さとうほなみ)がしばしば、口にします。

曰く「流され侍」、「ハーメルンの笛吹男についていってしまう子供」。
つまり主体性がなく自分を好きになってくれる人となんとなく流れで付き合ってしまう。

彼女は最後に最も辛辣な恭一評を本人に向かって投げつけます。

「本気で人を好きになったことがあるのか」と。

恭一は何も答えない。

自分でも結局、誰も心底好きになったことがないことを認めているのです。

そしてこの恭一の核心的な気質を今ヶ瀬は一層明確に認識していている。
今ヶ瀬はそこが「大嫌い」としながらも、それでも「好き」である感情は、その最も嫌いなところすら踏み越えてしまうと、別れ際、恭一に吐露します。

 

薄味のナルシシストである恭一は、結局、今ヶ瀬に一番思いを残してしまう。

最後に恭一が選んだのは、ぼんやりとした幸福感に満たされた岡村たまきの部屋ではなく、今ヶ瀬と身体を重ねた記憶が残る、1LDKに止まること。

 

男優二人による実質「二人顔芝居」のような映画。
大きな事件が起こるわけでもありませんからやや冗長と感じられる。

しかし、煙草とライター、灰皿、それにカーテンと言った小道具による巧みな伏線がしこまれているので、筋に一定の流れが確保されています。

四つの部屋にみられるインテリアの違いに注目しながらみていたこともあり、4幕仕立ての行定勲らしいちょっとスパイスの効いた手堅い恋愛劇として楽しめました。

室町砂場とみられる蕎麦屋で、老醜を顔面いっぱいに晒しつつ出演してくれた国広富之がすぐいなくなってしまった展開はちょっと端折りすぎで失笑してしまいましたが、妙にベテラン勢をバランス良く配して凡庸化するより、独特の軽みが出てよかったのではないかと思います。

なお、原作は読んでいません。