京都市美術館「対話」展にみる加藤一雄と髙橋耕平

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京都市京セラ美術館開館1周年記念展「コレクションとの対話:6つの部屋」

■2021年10月9日〜12月5日

 

2020年のリニューアルオープンがまともにCOVID-19パンデミックと重なり、激しく出鼻を挫かれた京都市京セラ美術館。

一年たって、落ち着いて足元をみてみようということでしょうか。

とても渋い企画展が開催されています。

 

7人の「対話者」を設定し、主に京都市美術館の収蔵品を対象にしながら、6つの異なる展示空間=部屋を鑑賞者に提供しています。

7人といっても、その内の3人は物故者です。

この美術館のはじまり、「大礼記念京都美術館」の開設準備に関わった竹内勝太郎。

1949年頃から15年ほど学芸員として勤務していた加藤一雄

1920年代を中心にキュビスム風の作品で名を馳せたアンドレ・ロート。

上記三人に関しては、死者と作品との関わりを「対話」としてみせる、いわば企画者によるメタな視点が持ち込まれています。

この美術館が特に重視している分野と呼応した対話者が各セクション単位で充てがわれています。

すなわち、日本画は竹内勝太郎と加藤一雄、洋画はアンドレ・ロート、陶芸は宮永愛子、染織はひろいのぶこ、モダンアートは髙橋耕平といった具合。

なお美術館改築を担当し現在館長を務める建築家の青木淳は、竹内栖鳳を取り上げてちょっと遊んだ部屋を仕込んでいます。


「コレクションとの対話」展なのですが、館蔵品だけで構成されているわけではなく、神宮道の星野画廊やお隣の京都国立近代美術館に加え、ロートの作品に関しては和歌山県立近代美術館からの出張品を取り込むなど、適宜他館や個人蔵の作品も展示されています。

ルドンの「若き日の仏陀」(京近美)など、特別出演的な傑作も「番外編」として登場していて、渋くなりすぎないような一定の配慮もなされています。

 

それぞれに面白い部屋を作り上げていましたが、とりわけ「対話」がよく聞こえてきたのが、加藤一雄と髙橋耕平の部屋でした。

 

加藤一雄は1949年11月から1965年までこの美術館の学芸員として勤務。

関学の教授なども務めた後、1980年に亡くなっています。

美術評論に加えて小説も書いたという多芸な人。

彼が書いた画家に関する評論や随筆がA4用紙にコピーされ、それに関連した作品の前に配布用として置かれています。

とても気取った文章を書いた人で、ちょっと読みにくいかもしれません。

でも時流に抗するような美意識で作品や画家を評するその語り口はとても鋭い。

例えば、今尾景年による「躍鯉図」について、書いた文章。

「応挙ほどの力はなく、文麟ほどの芸もなく、といってエタイの知れない不安な新時代にはとても入って行けぬというーーその気持ちは私らに充分同感できる一人の画家がここにいる。」

加藤が観た当時、おそらくいかにも時代遅れのようにみられてしまっていた今尾景年の鯉の図。

しかし、再評価に勢いが出てきた木島櫻谷を育てた等、景年については、円山・四条派の本流として近代京都画壇に欠くことができなかったとの評価が不動のものとなっています。

画壇の流行とは関係ない、古典として生き残る画力を鋭敏に嗅ぎ取っていた加藤のセンスが、作品と彼の文章との「対話」から伝わってきます。

梥本一洋の「鵺」を評した一文などは作品よりも華麗なくらいで、独特の文体にハマってしまいました。

有名な世阿弥謡曲を題材にとった作品といわれています。

加藤は、鵺が化けた美しい上臈姿に「懊悩したという近衛ノ院」の心象をみています。

一洋の「文学性」を彼は評価しているのですが、加藤自身の文学的センスにも独特の色気があります。

 

一方、髙橋耕平(1977年-)が創りあげた部屋からは、ある意味、本当の「対話」が聞こえてきます。

部屋の一角に据えられた空の展示ケース。

この美術館が長らく使ってきた古色の貫禄を伴っています。

そこからアーチスト本人の声が響いてきます。

語っている内容は京都市美術館全所蔵品に関する番号、作家・作品名、製作年、収蔵年。

延々と淡々と読み上げられていきます。

それと合わせるように、髙橋が京都市内各地の路上や電柱などに「色のない筆」で作品名を記していく映像が流されています。

一方通行的な音声と映像のように感じられますが、聞き続け、観続けていると、不思議と「作品からの声」が跳ね返ってくるように感じられます。

髙橋が特にセレクションして対話の部屋に展示した木村秀樹の連作版画「Pencil」。

彼は映像の中で、この作品名を地面の上にくっきりと彫り書いていきます。

髙橋自身のインスタレーションに付けられた名前は「畏敬のかたち、あるいは喚起の振る舞いー」。

作品名そのままの「対話」が部屋の中に静かに満ちていました。

 

それとこの展覧会では「展示ケース」自体が主役でもあります。

リニューアル前、かつての京都市美術館の中にこもっていた、古ぼけた埃が発するような甘い香りを会場に運んでくれているかのようにも感じました。

 

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コレクションとの対話:6つの部屋 | 京都市京セラ美術館 公式ウェブサイト