眠り展

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眠り展:アートと生きること ゴヤルーベンスから塩田千春まで

■2020年11月25日〜2021年2月23日
東京国立近代美術館

 

本展の英訳タイトルは"SLEEPING:LIFE WITH ART"です。

「睡眠展」ではなく、「眠ること展」でもなく、「眠り展」。

なんとなく宙に浮かんだようなこの日本語の語感がぴったりくる、とても不思議に素敵なテーマ展でした。

独立行政法人国立美術館」は、国立西洋美術館東京国立近代美術館京都国立近代美術館国立国際美術館国立新美術館、国立映画アーカイブ、以上6つの国立美術館からなる組織です。

2010年から、それぞれの美術館のコレクションを俯瞰して一つのテーマで作品を構成する企画を開催しています。

 

第1回のテーマ展は「陰翳礼讃」。

画期的に素晴らしい展覧会で、今も記憶に残っています。

第3回目となる今回の「眠り展」は、光と影の「間(あわい)」を主題としたこの第1回展と、どことなく共通していて、覚醒と睡眠、現実と夢、その「間」に生まれた芸術の世界が多面的に紹介されています。

 

序章、終章を含めて7つのコーナーが設定されています。

ゴヤの版画集「ロス・カプリーチョス」から選ばれた作品が各章のはじめにおかれていました。

第1回展「陰翳礼讃」でも展示されていた「ほら、お化けが来るよ」がふたたびこの展覧会でも登場。

ゴヤという画家がもつこの陰陽二面性は、「眠り」の持つ幻想性にも通じていて、第1回展とのつながりが感じられました。

国立西洋美術館自慢のゴヤストーリーテラーのような役割を担ってもらっている格好です。

 

本展のポスターに使われている西洋美術館の逸品、ルーベンスの「眠る二人の子供」は直接的に眠りの光景を描いたいかにも愛らしい作品です。

ただ、これはおそらく客寄せパンダ的に選ばれたもので、本展の内容全体を象徴しているわけではありません。

序章に登場するこの絵のイメージだけに釣られて鑑賞するとかなり違和感を覚えてしまうことになると思われます。

ルーベンスの心地よい幸福な眠り世界はほんの少しだけなのです。

もっともっと、複雑に屈折した眠りの諸相があらわされていきます。

そこがこの展覧会、最大の魅力です。

 

眠り、といえばルドンでしょう。

お馴染みの「沼の花 悲しげな人間の顔」等、妖しい世界が第1章から登場し、すぐに本展の正体が明らかになっていきます。

京近美からはマックス・エルンストのフロッタージュ「博物誌」が出張し、ルドンと黒の世界で競演しています。

ルーベンスが描いたような健康的な眠りを誰しも毎晩望んでいると思います。

でも、アンリ・ミショーのようにクスリで幻夢を得ようとする人もいます。

彼がメスカリンを服用して描いた生理的な抽象画。

シュルレアリスムの一種でしょうけれど、その生々しく不可解な描画は、どこか、眠りにたどりつこうとしてそれが得られなかったときの、なんともいえない焦りと朦朧感にも通じていて、気まずく共感してしまいました。

 

楢橋朝子の「half awake and half sleep in the water」は彼女自身が水面を上下に漂いながら撮られた写真です。

まるで溺れる人が最後に見たような光景が写し出されています。

水面そのものが、覚醒と睡眠の「間」、あるいは生と死の境界のように存在。

見たことがあるようなないような息苦しくも美しい光景が捉えられています。

 

いくつか映像作品も展示されています。

中でも印象的だったのは、ジャオ・チアエンの「レム睡眠」。

複数の大画面に眠っている人物が写し出されています。

その中の一人が突然覚醒して静かに語り出す。他の人は眠ったまま。

語り終えるとまた眠る。

そして他の眠っていた人がいつの間にか起きて話し出す。

観ているとだんだん覚醒と睡眠の間に自分も落ち込んでいくような感覚になってきます。

台湾で暮らす外国人労働者たちから語られる夢のような話は、その淡々とした語り口が妙に現実離れしているのですが、話されている内容はかなり切ないものです。

夢を見終わって目覚めた時の人が持つ「間」の表情。魅了されました。

東近美が誇る河原温のコレクション。

黒い「Today」シリーズが終盤に現れます。

どうしてこの作品が「眠り」なのでしょうか。

河原温は一枚の「日付」、「Today」を描くために部屋にこもります。

一日、一枚。

満足できなかったら作品として完成することはありません。

まったく描きムラのない、例えば「MAY12,1980」を作成し終わるまで、彼がずっと起きていたという保証はないのです。

一枚の作品に河原温の覚醒時間と睡眠時間が混在しているともいえます。

今までそんな風に「Today」を観たことはありませんでした。

新たな鑑賞視点の発見、といったら大袈裟でしょうか。

 

眠っている人を視るという現実の空間を対象とした作品から、幻夢の世界、そしてその「中間」。

眠りそのものの体験をトランスフォームしたかのような作品もあります。

多層、多面的な眠りの表現世界。

この美術館での展示としては昨年の「窓展」に続き、とても面白いテーマ展でした。

事前予約制です。

平日の午後、かなり閑散としていました。

眠りがテーマだけに混雑した中で観るより、空いた日時を見計らってこっそり鑑賞することをおすすめします。

 

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