「三井より徳川」だった大蒔絵展|三井記念美術館

 

大蒔絵展 ー 漆と金の千年物語

■2022年10月1日〜11月13日
三井記念美術館

 

平安時代から平成時代まで。

文字通り大名品の数々で蒔絵1000年の歴史を一気に大観してしまうという、ジャパニーズ・ラグジュアリー工芸特別展です。

眼が満腹になるような素晴らしい時間を過ごすことができました。

maki-e.exhibit.jp

 

MOA美術館・三井記念美術館徳川美術館、3館共同による企画です。

 

しかし、東京展を担った三井記念美術館は、今回はなぜか裏方にほぼ徹していて、前後期あわせて188点にのぼる展示品のうち、同館からの出展数は10点にもおよびません。

三井家には、特に近世以降、自らが発注した漆器等の名品が多数残されていますから、展示品に困ることはないはずなのですが、本展では他館に比べて数を絞った上に、典籍や染織など、蒔絵自体ではない作品を中心に出展しています。

思うに、この美術館は三井家伝来の自前コレクションで展覧会を組成することが多く、江戸時代の名品をあえて今回の特別企画で展示することもなかろう、という思惑があるのかもしれません。

今回は他館に華を持たせたようです。

 

脇役にまわった三井家に代わって「大蒔絵展」の実質的な主役を担っているのが尾張徳川家です。

徳川美術館が共催3館の中で質量共に最も充実した作品を出展しています。

源氏物語絵巻」と幸阿弥長重作「初音の調度」。

この美術館が誇る二大国宝を日本橋に運ぶという大盤振る舞い。

源氏物語絵巻」柏木巻(前期は宿木)が入場してすぐの場所で鑑賞者を待ち受けていました。

独立型ケースに収まっています。

絵巻の展示では珍しいことかもしれません。

初めて「柏木」を絵巻の上の方から、つまり図像が逆さまに見える方角から鑑賞することができました。

制作された当時は、何人かが絵巻の周りを取り囲んで見物したこともありえそうですから、12世紀の平安人になった気分で反対方向から吹抜屋台の有様を見物できました。

こうして観ると、人物の表現が分かりにくくなることで、「水平方向」がかなり強調された「デザイン性」の高い絵画であることが明確にわかります。

何本ものくっきりとした平行線の美しさが感得できました。

 

時代的に満遍なく蒔絵の至宝が集められています。

よくありがちな、桃山時代高台寺蒔絵をメインディッシュに置きつつ、近世の琳派あたりまでに焦点をあてた蒔絵特集とはスタンスを異にしている構成です。

しかも、私が鑑賞した後期では、高台寺蒔絵の展示はすでに終わっていて、代わりに秀吉が愛用したという犬山城白帝文庫が有する鎧櫃が陳列されていました。

メジャーな美術館等で展示される機会が多い北政所由縁の蒔絵より、この作品に遭遇する方が難しいともいえますから、むしろ嬉しい展示替えでした。

 

浮線綾螺鈿蒔絵手箱の把手部分(サントリー美術館での展示を撮影)

 

三井記念美術館が出展を遠慮している分、都内の他館がそれを補っています。

ただ、東京国立博物館から出張していた光悦や光琳の国宝蒔絵は、同時開催されている例の「東博の国宝全部見せます展」に急いで戻らなければならないため、前期で任務を完了し上野に帰還済み。

代わって後期はサントリー美術館が自慢の国宝「浮線綾螺鈿蒔絵手箱」をレンタルしてサポートしています。

金と螺鈿が織りなす深い輝きをじっくり演出する照明を伴いつつの展示です。

「蒔絵史」の流れの中で、あらためてこの名品とじっくり向き合うことができました。

 

蒔絵ですからどれもこれも当然に豪華なのですが、後期展示の方がどちらかというと渋いラインナップが揃っているような印象を受けました。

さすがに人流は絶えないものの、予想より混雑害も少なく、後期を選んで正解だったように思います(平日)。

 

もう一つの共催館であるMOA美術館は、分派して袂を分かったMIHO MUSEUMに、近年は特に漆器・蒔絵分野においてお株を取られたかのように静かでしたが、本展では徳川美術館に次ぐ点数で存在感を示しています。

鑑賞環境としてはすでに終了したMOA展がおそらく一番快適だったと思われますから、この充実ぶりを確認し、熱海に行っておくべきだったと、ちょっと後悔もしています。

 

昨今、自らが主催する美術展に「大」という文字などはつけないものですが、本展は全くそのタイトル「大蒔絵展」に恥じない網羅性を帯びています。

図録の中で永青文庫の小松大秀館長が寄稿している回顧録的な文章は、近年の主だった蒔絵特集展が記録されていてとても参考になりました。

それによると、どうやら本展は、2008年から9年にかけ、京都国立博物館サントリー美術館が共催した「Japan蒔絵 ー 宮殿を飾る東洋の煌めき」展以来の大規模蒔絵特集となるようです。

現代の名工による作品も金沢の国立工芸館(東京国立近代美術館工芸館)等から取り寄せるなど、目配りを怠っていません。

最も新しい作品は室瀬和美が2017年に制作したポップ感をちょっと含んだ「秋奏」の蒔絵螺鈿丸筥(東京・ポーラ伝統文化振興財団蔵)でした。

 

10数年に一度あるかないかの大蒔絵1000年展です。

 

高野松山「群蝶木地蒔絵手箱」(国立工芸館での展示を撮影)