R.シュトラウス: 歌劇「ナクソス島のアリアドネ」
プリマドンナ/アリアドネ: グンドゥラ・ヤノヴィッツ
ツェルビネッタ: シルヴィア・ゲスティ
作曲家: テレサ・ツィリス=ガラ
テノール歌手/バッカス: ジェイムズ・キング
執事長: エーリッヒ-アレクサンダー・ヴィンズ
音楽教師: テオ・アダム
将校: エーベルハルト・ビュヒナー
舞踏教師: ペーター・シュライヤー
水の精: エリカ・ヴュストマン
木の精: アンネリース・ブルマイスター
やまびこ: アデーレ・シュトルテ
ハルレキン: ヘルマン・プライ
スカラムッチョ: ペーター・シュライヤー
トルファルディーノ: ジークリート・フォーゲル
ブリゲルラ: ハンス-ヨアヒム・ロッチュ その他
シュターツカペレ・ドレスデン
指揮: ルドルフ・ケンペ
TOWER RECORDS DEFINITION SERIES TDSA-177/8 (SACDハイブリッド)
2020年12月25日リリース
CDでもドレスデンの古雅な響きが比較的よく捉えられていたと思います。
しかし、SACD化されたこのディスクを聴くと別次元の、一種の暖かみを帯びたような質感が備わると同時に、情報量が増したことによる定位の確定によって音響にとても豊かな深みが生じているように感じられます。
歌手の音像がやや大きめで前に出すぎていますが、1960年代後半の録音スタイルとして是認範囲でしょう。
多彩に優秀な歌手を揃えないと成立しないR.シュトラウスによる精妙巧緻なオペラ。
ホフマンスタールの台本は特にプロローグにおいて、語り役を含め歌い手たちに高い機知を要求しているので、テキストの扱いにもセンスが要求される難物です。
モノラルのカラヤン盤以降、マズア、レヴァイン、シノーポリとカタログに残るいずれのメジャー録音も相応の人材とオケが準備されてきました。
しかし、このケンぺ盤ほどすべての面で高い完成度を備えた録音はないと思います。
1970年代に華を咲かせた歌手たちの瑞々しい競演を堪能することができます。
ヤノヴィッツはカラヤンとの共演では練絹のごとき声質の光沢感が際立ちますが、この録音ではまるで生成りのような芯を感じさせる歌唱。
シュヴァルツコップの周到さ、ノーマンの貫禄、トモワ=シントウの精妙さ、いずれも素晴らしいのですが、ヤノヴィッツの清冽で丁寧なプリマドンナに一番惹かれます。
やや緊張気味にすら聞こえる「清らかな国」のアリアにおける誠実な歌唱のすばらしさ。
SACD化によって彼女の微妙な息遣いまでが再現されているように感じます。
テオ・アダムはこの録音の直前、1966,67年のバイロイト、ベーム指揮「指輪」でウォータンを歌い、名声を不動のものとしています。
まさに全盛期。
フィッシャー=ディースカウやプライのように表現の振幅を大きくとることはありませんが、その端正さがむしろ新鮮に聞こえます。
ツィリス=ガラの作曲家は、例えばレヴァイン盤のバルツァのような男性的口調を避け、格調の高さを優先。
几帳面なアダムとのバランスが絶妙です。
この録音を聴く度にその活躍時期の短さが悔やまれる歌唱。
後年、レヴァイン盤で音楽教師を演じることになるプライのハルレキンもここでは素直に美声を伸びやかに披露。
シュライヤーが道化師の一員として登場しています。
アンサンブルの中でもしっかり芸達者ぶりを展開。
ローゲやミーメを演じる時の彼のように。
ツェルビネッタについてはグルベローヴァ以降、ハードルがかなり上がってしまったわけで、ゲスティの歌唱も物足りなさを感じてしまうところは否めません。
でも、超人ともいうべきグルベローヴァに対して温かみがある声質で、こちらはこちらでとてもハイクラスな歌唱。
何より録音全体の空気と合致しているところが素晴らしいと思います。
キングのバッカスはその不器用さが、なんというかまさに太古の男神的魅力につながってしまっています。
ヤノヴィッツに対しやや骨太でロブストすぎるところもありますが、声自体としてみればまさに絶頂期がとらえられているので何の不満もありません。
特級の歌手たちに劣らず、というより、本盤の最も美味しいところはオーケストラ。
ドレスデン・シュターツカペレ。
そしてそれを率いたケンぺの指揮。
SACD化によってCDではやや薄かった音響にとてつもない深みが加わり、まるで全てが良質の古木でできた工芸品のように美しい。
シノーポリ盤ではあまり感じられなくなってしまったローカルで古拙な味わいが残っています。
もちろん、下手というわけではなく、あくまでもテイストとして、ですが。
室内オケに近い規模の編成。ケンぺは分析的にならないギリギリのところまで細かい指図を出しつつも生き生きとした空気感と、このオペラが持つ工芸的魅力を存分に抽出しています。
とにかく陶然の2時間。SACD化は大成功でしょう。
プロローグとオペラそれぞれを1枚のディスクに収めてくれているところにも配慮が感じられます。
家宝級となったディスクでした。