マリア・"メネギーニ"・カラス生誕100年展

 

堂島リバーフォーラム開館15周年記念-L’AMORE- Maria Callas 生誕100年記念展

■2023年9月9日〜10月1日

 

今年2023年はマリア・カラス(Maria Callas 1923-1977)生誕100年の記念イヤーにあたります(お誕生日は12月2日)。

アンジェリーナ・ジョリー主演の伝記映画制作が発表されたり、Warnerから130枚を超える巨大なCD BOXセットが発売されるなど、アニバーサリー企画がいくつか見受けられます。

 

堂島で開催されたこの展覧会は、規模はかなり小さいものの、おびただしい写真や公演資料などが集められていて、なかなかに密度の高い内容となっていました。

 

maria-callas.dojimariver.com

 

企画のベースとなっているのは、ヴェローナ、ゼーヴィオ市で行われた"Maria Callas– Forever Divina"展です。

ヴェローナは、1947年、NYから離れたカラスが最初にイタリアでの活動を本格化させた場所であり、彼女にとって所縁の深い土地ですから、こうした展覧会が開催されても不思議ではありません。

 

 

しかしそれ以上に、ヴェローナは彼女がジョヴァンニ・バッティスタ・メネギーニ(Giovanni Battista Meneghini 1885-1981)と出会い、結婚した場所として、ある意味、運命的な土地でもあります。

ヴェローナ展の企画者たちは、当然にカラスを主役としつつも、ディーヴァに翻弄された気の毒な老人メネギーニにもしっかり焦点をあてていて、そこにはある種の彼に対する「同情」すら感じられます。

不世出の大歌手であるカラスの偉業を讃えてはいるのですが、同時にヴェローナで成功した経営者を破滅に導いた彼女に対し、愛憎半ばするところがあるのかもしれません。

「メネギーニの視線」を少し感じさせるところがこの展覧会にユニークな色彩を与えているように感じられました。

 

 

カラスとメネギーニが結婚したのは1949年です。

ヴェローナでの事業を発展させ、すでに悠々自適の生活を楽しんでいた老経営者が、まだ20歳代のアメリカから渡ってきた歌手と結婚するわけですから、当然に周囲は大反対。

覚悟を決めたメネギーニは手持ちの株を全て売却し、事業から離れてカラスを選び、結果的に彼の会社は消滅してしまうことになります。

カラスは、自分の名前がクレジットされる際、"Maria Meneghini Callas"とされるまで舞台に立たないとメネギーニに迫るほど、彼に執着していたらしいのですが、周知の通り、結局10年もたたないうちにギリシアの海運王オナシスと恋に落ち、この結婚は破綻します。

 

展覧会では、地中海沿岸の地図が掲示され、そこにカラスとオナシスがたどった「恋路」のポイントが実に丁寧に図示されています。

いわば、「スキャンダル・マップ」、です。

地図上にはメネギーニから見れば許すことができない「軌跡」が執拗にプロットされているのです。

一面的なカラス讃歌に終わるのではなく、しっかりこの女性の身勝手な振る舞いをトレースすることで、「ヴェローナ」に貢献したメネギーニの恨みをはらしているかのようにも感じられます。

ヴェローナ人の執念が伝わる、ある意味、コワい展示でした。

 

 

さて本展では、写真や公演ポスターだけでなく、カラス所縁の衣装やアクセサリーなど、目に楽しい展示もあります。

中でも、1964年、コヴェントガーデンでゼッフィレッリが新演出した「トスカ」に出演した際の衣装がひときわ鮮やかな色を放っています(レプリカ)。

翌1965年にも演じられたこの「トスカ」が彼女にとっての最後のオペラ舞台ですから、「カラスが最後に着た舞台衣装」ということになります。

真っ赤なこのドレスを纏ったカラスの画像は、プレートル盤、1965年録音の同曲CDのジャケットでも確認することができます。


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ただ、カラスの「トスカ」ということになると、このステレオ録音より、1953年に制作されたデ・サバータ指揮によるモノラル盤の方が圧倒的なクオリティをもっています。

カラスというより、オペラ録音史上、特異的に優れたディスクと評価されてきた名盤です。

とりわけ、第二幕。

スカルピアを演じるティト・ゴッビの鬼気迫る歌唱と、ヴィットリオ・デ・サバータのまるで指揮棒から炎が吹き出しているのではないかと思わせるようなドライヴ力で統率されたスカラ座のオーケストラ。

これにカラスの絶唱が空気を裂くように響き渡ります。

ライヴではなくセッションであるということを忘れてしまうくらいの生々しさが記録されてい名録音であり、世紀をまたいだ今でもこれを超える「トスカ」は存在しないのではないでしょうか。

特に2014年にリリースされたSACDハイブリッド盤は、スカラ座のオーケストラが持っていた芯のある華やかな響きまで克明に再現していて、音質的にもこの時期の録音としては十分過ぎるほどの迫力をもっています。


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マリア・カラスのそれほど熱心なファンではないのですが、旧EMI時代から盛んにディスクのリマスタリングが行われてきたこともあって、手元には自然とCDが集まってしまいました。

前述の「トスカ」(1953年)以外に比較的よく聴くCDは、「椿姫」(1955年スカラ座 ジュリーニ盤)と「アイーダ」(1951年メキシコ デ・ファブリティース盤)でしょうか。

特に後者のクライマックス、凱旋の場で放たれる高音を初めて聴いた時は、大袈裟ではなく、本当に失神しそうになりました。

どちらも音質が悪いライヴ録音であることが残念ですが、カラスの生々しさは十分確認できると思います。

 

皮肉なことに、これらの録音に代表されるカラスの絶頂が示されていた1950年代前半、彼女を支えていたのは、ヴェローナの老紳士であり、彼女は紛れもなく「マリア・メネギーニ・カラス」でした。