ガッティ&コンセルトベホウ「サロメ」

 

リヒャルト・シュトラウス: サロメ

ヘロデ: ランス・ライアン
ロディアス: ドリス・ゾッフェル
サロメ: マリン・ビストレム
ヨハナーン: エフゲニー・ニキーティン
ナラボート: ピーター・ソン 
ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団
指揮: ダニエレ・ガッティ
(RCO  RCO18001  SACDハイブリッド)

 

コンセルトヘボウ管は、その名がまさに示す通りコンサート・オーケストラであって、オペラ劇場のピットが活躍の場ではありません。
この、世にも美味な響きを出すオーケストラが劇場のピットに入ってシュトラウスを奏したらどういう結果になるのか。

その成果がこの2017年6月、オランダ国立歌劇場で上演された「サロメ」のライヴで確認できます。
舞台とピットの真上に頭を突っ込んだような、明瞭にして豊穣な響きが捉えられています。
なお映像もリリースされていますが、そちらは未鑑賞です。

セッションでもこれだけ「サロメ」の音符をことごとく生々しくひろえている録音は稀ではないかと思えます。
このディスクの主役は、オーケストラそのもの。
透明感と艶やかさを兼備した弦群の響き。
所々、室内楽のように聴こえるほど繊細。
上品な色彩で絡みつく管楽器。
抜群の強弱表現で遠近感をぐんと押し出す打楽器。
あまりにも上質でシンフォニックなサロメ
といって、オペラティックな呼吸感がないがしろにされているかといえば、そんなことも、まったくないのです。
これは当然にガッティの采配によるもので、交響と歌謡の混ぜ具合がとにかく絶妙です。
とても解像度が高い指揮ではあるのですが、例えばシノーポリの病的に美しい分析の技とは違い、あくまでも器楽と声楽の自然な美観を両立させようとする意志が明瞭に伝わってきます。
情報量はカラヤン盤、シノーポリ盤を上回っているようにも感じます。

サロメを歌うビストレムは陰翳の濃い低音に重心があるソプラノで、80年代のベーレンス、90年代のステューダーより、パワーはかなり低いものの60年代のニルソンに近い声色。
サロメよりエレクトラの方に親和性がありそうなソプラノといえるでしょうか。
高音はやや苦しく音程も危うくなる場面がありますが、キャラクター作りは抜群です。

ニキーティンのヨハナーンはサロメに比べるとかなり陽性の色合いを持った声質と感じます。
張りのある美しいバリトンを破綻なく響かせますが、この役に相応しいかどうかはちょっと疑問を覚えました。

ヘロデ王のライアンもややこの役の歌い手としては端正にすぎるのですが、フィナーレでは吹っ切れた表現主義の歌唱を披露します。

貫禄十分のパフォーマンスを成し遂げているのが、ヘロディアスのドリス・ゾッフェルです。
加齢によって声色は往年の深みのある響きを失い、乾燥気味ですらありますが、その声による演技の素晴らしさに圧倒されます。

 

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SACDの威力は主に低音域に発揮されています。
ヨハナーンの首を待ち受けるサロメを描く場面。
グランカッサのクレッシェンドが部屋の空気そのものを震わせるような音響で再現されます。
各楽器や歌手の音像が大きく捉えられすぎている感じも受けますが、安易にライヴの自然さを狙って音像がぼやけるよりずっと好ましいと思います。

周知の通り、ダニエレ・ガッティはこの公演の後、2018年にセクハラ疑惑によってシェフの任をRCOから解かれてしまいます。
両者の和解によってこのディスクのリリースも可能となったわけですが、解任の効力については取り消されないとのこと。
今後の共演は限定的とみられます。
この録音を聴く限り、彼らのオペラ録音がもっと残されていたらと、なんとも残念な気分になってしまう。
それほどに素晴らしいサロメだと思います。

 

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