2021年度秋季特別公開 「東寺の星マンダラ 除災招福の祈り」
■2021年9月20日〜11月25日
■東寺宝物館
タイトルにある星マンダラ(星曼荼羅)とは「北斗曼荼羅」ともよばれ、無病息災を祈願する密教修法の一つ「北斗法」で用いられる図像です。
東寺の「北斗曼荼羅図」は14世紀、鎌倉時代頃に描かれたものとされています。
三重に区切られた四角いエリアに仏や北斗七星、九曜星等が配置され、密教に陰陽五行説などの道教的要素が色濃く混ざりあっています。
おそらくコロナ退散の願いをこめての特別公開なのですが、この北斗曼荼羅図を含め、今回宝物館で特集されている様々な文物からは、いかにも東寺らしいオカルティックな魅力が放たれていて、結果的には妖しい空気が漂う展示になっています。
東寺での北斗法は主に天皇の厄災を祓うために行われてきたのだそうです。
その厄災には「生身供(しょうじんく)の破裂」という不気味な前兆現象があるとされています。
国宝御影堂の中に安置されている弘法大師空海像の前には、朝、干飯などが供えられます。
これが「生身供」です。
毎日欠かさず行われ、中でも毎月21日、つまり「弘法さん」の日には実際に炊かれたご飯が朱塗の器に山のように盛られて供えられます。
東寺では、この生身供の器が大師像の前で自ずから壊れてしまうことを「生身供の破裂」と呼び、不吉の前兆、特に天皇に災いが及ぶことを警告している徴とみなしていました。
「破裂」を不吉の前兆とする事例で有名なものに奈良・多武峰に伝わる「大織冠破裂」があります。
多武峰(現在の談山神社)内の大織冠像、すなわち藤原鎌足の木彫神像に亀裂が入ることを「大織冠破裂(たいしょっかん はれつ)」とよび、鎌足を始祖と尊ぶ藤原氏にはひどく恐れられた凶兆といわれています。
鎌足神像破裂への対処である平癒祈願のアクションは時の氏長者によって丁重になされたわけですが、東寺の生身供破裂への対処法は藤原氏よりシステマチックに整備されていました。
それが、北斗法です。
興味深いのはこのいかにも密教的な対処方法が、戦国以前の中世ではなく、近世、江戸時代の前期から中期にかけて最も盛んに行われたということでしょう。
後水尾天皇がこの破裂が起きた年に病気になったことから宮中では特に不吉なこととして重要視されるようになりました。
18世紀半ばまで生身供破裂とそれに伴う北斗法の実施が行われた東寺での記録が確認できます。
比較的新しい時代まで実施されたおかけで、北斗法に関するマニュアル類が豊富な図などとともに、鮮明な形でこの寺に伝わることとなりました。
展示品からは具体的な法具の配置図など、細かく当時の様子を伺い知ることができます。
お大師様にお供えしたご飯の器が割れて米粒が飛び散ると、北斗七星に祈る。
なんともオカルトめいた作法ですが、天皇の安泰と国家鎮護をお正月の後七日御修法で祈願してきた東寺ならではのシステムともいえそうです。
さて空海がもたらした「宿曜経」などによって星々が仏の世界にどんどん組み入れられた密教では、北斗曼荼羅以外にも様々な異形の図像が生み出されました。
今回の展示でも惑星や彗星そのものを神像のように仕立てた彫像など、他の宗派ではなかなかみられないユニークな造形をみることができます。
中でも最も面白かったのは「火羅図(からず)」と呼ばれる、密教流ホロスコープです。重要文化財に指定されています。
文殊菩薩を中心に据え、その周りを宿曜の二十八宿と黄道十二宮などで囲んでいます。蟹座や蠍座、天秤座や魚座など、西洋占星術に登場するキャラクターがおよそ900年前の日本で描かれていたことに驚きます。
「火羅(から)」とはサンスクリット語の「ホーラー」にあたり、これは天球が1時間で動く速度である15度を示した言葉なのだそうです。
ホーラーからホロ、つまりホロスコープとどうも関係があるのでは、と推察されているようです。
東寺の「火羅図」は1166(永万2)年に勧修寺慈尊院にあった原本を写したという裏書を持ちます。
つまり平安末期、院政期に描かれた図像です。
とても古拙な美が感じられ、まるで古びたロマネスクの宗教画にも通じるようなユーモラスさが感じられます。
かなり具体的に図像や説明が示されていることから、眺めて観想するというより、占星などの実践を意識した曼荼羅ではないかとも推測できますが、今となってはよくわからないようです。
なお、あまりにも細かく描かれているのでアートスコープ等がないと鑑賞はややつらいと思います。
さらに、妖しさという点ではなんといっても「聖天(歓喜天)」の白描図。
鎌倉時代の作とされています。
これも重要文化財です。
向かい合って抱き合う像が多い中、東寺の歓喜天は男神女神とも同じ方向を向いています。
非常に妖しい像です。
とても小さい図像なのですが、よく見ると線描が実に細やかに引かれていることに気がつきます。
それが柔らかく繊細な風情を醸していて、奇妙な艶かしさがいっそう際立っています。この像を前にどのような修法が行われたのか、想像するだけで、ますます妖しい気分になってきます。
この他、お馴染みの国宝兜跋毘沙門天像などはいつもの通り常設展示されています。
「除災招福」というより「怪異妖艶」という趣の特別公開でした。