東寺勅給から1200年|特別拝観「東寺のすべて」

 

真言宗立教開宗1200年記念特別拝観「東寺のすべて」

■2023年10月9日〜10月31日
真言宗総本山 教王護国寺(東寺)

 

文字通り、東寺のフルコースが味わえる特別拝観企画です。

 

拝観料(一般)が2000円とやや高めに感じますが、普段非公開となっている部分や、宝物館、観智院まで含めての料金と考えれば妥当な設定と感じました。

じっくり鑑賞すると、少なくとも2時間以上はかかると思います。

もし京都観光の一日にこの企画を組み込むとするならば、それなりの余裕をもたれておいた方が良いかもしれません。

toji.or.jp

 

真言宗の立教開宗から1200年を記念した特別拝観、とあります。

具体的に1200年前、何があったのかといえば、西暦823(弘仁14)年、嵯峨天皇空海に対し東寺を与えています。

いわゆる「東寺勅給」(あるいは東寺勅賜)という出来事です。

以降、それまで西寺とともに官立寺院だった東寺が、真言密教寺院として運営されていくことになったとされています。

 

ただ、この823(弘仁14)年という時期については、高野山大学の武内孝善が異論を唱えていて、空海が東寺に関与できるようになった本来の時期は、その翌年、「造東寺所別当」に任じられた824(天長元)年であろうとしています(武内孝善「空海と東寺 ー東寺勅賜説をめぐってー」2013)。

koyasan.opac.jp

非常に細かく史料を分析した論考なのでそれなりの説得力がありそうですが、この説をとったとしても、結局わずか1年の違いではありますから、東寺側が今年を「1200年」のアニバーサリーイヤーとしてしまうことに目くじらを立てるほどのことはなさそうです。

 

さらに来年2024年は空海(774-835)自身の生誕1250年にあたり、代表的な企画としては、奈良国立博物館が大規模な特別展「空海 KŪKAI ー密教のルーツとマンダラ世界」(2024年4月13日〜6月9日)の開催を予定しています。

開宗1200年であれ、生誕1250年であれ、結局、今年から来年にかけて真言宗所縁の催事が連続していくことになります。

www.narahaku.go.jp

 

さて、今回の「東寺のすべて」では、入場券を兼ねたリーフレットに「おすすめコース」が掲載されています。

数えきれないほど訪れている寺院ではありますが、せっかくの機会なのでその順番に従って見学してみることにしました。

このルートに沿えば、効率良く、一筆書きのように8つのスポットを巡ることができます。

 

最初のスポット、受付から入ってまず目にする建物が「講堂」(重要文化財)です。

 

平安時代初期、空海が造営に関わった建物は、現在、東寺には一つも残っていません(ただし境内の東にある「宝蔵」は平安時代からの建造物とされています)。

当初の「講堂」も1486(文明8)年の土一揆により、金堂ともども焼失しています。

現在みられるこの建物は1491(延徳3)年に再建されたものです。

その後、大地震によって大きな被害を受けてはいますが、完全に立て替えられてしまった「金堂」とは違い、室町期の古い様式を残しているようにも感じられます。

ここに収められている彫像群が、有名な「立体曼荼羅」です。

 

東寺 講堂

 

何度見ても圧倒される空間です。

実は、21軀が全て揃って講堂内で公開されることは、ここ数年でみると、久しぶりなのではないでしょうか。

五菩薩の内、中央に位置する「金剛波羅蜜多菩薩坐像」は、2019年から修復のため長期間、美術院に預けられていました。

また、個別に展覧会に出張することもあり、2019年には多数の仏像群が東京国立博物館に運ばれ「東寺展」が開かれましたし、「梵天坐像」は2021年夏に京都国立博物館で開催された「京の国宝」展にメインゲストとして出展されています。

今回は開宗1200年の特別拝観ですから、当然、一軀も欠かすことなく、立体曼荼羅が出現しています。

というか、この東寺にとって重要な年に間に合わせるように、国宝、金剛波羅蜜多菩薩坐像の修復が行われていたのかもしれません。

 

続いて講堂のすぐ南側に聳える「金堂」(国宝)が第2のスポットです。

「講堂」とともに土一揆による焼失後に一旦再建されたものの、こちらは1585(天正13)年、1596(文禄5)年と京都を襲った大地震によって完全に倒壊。

現在の建物は1603(慶長8)年、豊臣秀頼の発願によって再建されたものです。

いわゆる「大仏様」の組物が特徴ですが、このスタイルの本家である東大寺南大門のようにすっきりとした力強い構造美を表すよりも、装飾性の豊かさで魅せる建築。

先にみた「講堂」のシンプルなスタイルとも違う、桃山建築の特徴がはっきり確認できる名作です。

 

立体曼荼羅よりも一般的な知名度は落ちてしまうのですが、金堂内に鎮座する巨大な薬師如来坐像、日光・月光の両脇侍立像も素晴らしい仏教彫刻(全て重要文化財)です。

康正(1534-1621)が制作した代表的大作であり、彼以降、有名な慶派仏師はほとんどいなくなりますから、日本仏像史に残る最後の傑作とも感じます。

 

東寺 金堂

 

「東寺のすべて」、3カ所目のスポットは「五重塔」(国宝)です。

現役の塔は1643(寛永20)年、徳川家光の支援によって再建されたものです。

落雷などを起因として、それまでに4回も焼失したと記録されていますが、金堂とは違い、実は地震による倒壊は一度もないと言われています。

ここに限らず、木造大塔の大敵は、地震ではなく、雷による火災と台風などの大風です。

 

東寺五重塔は京都を代表するシンボルの一つです。

その初層内部もほぼ毎年のように特別公開されています。

極彩色の内装と金ピカの仏像たちによる江戸初期のバロック空間を楽しむことができます。

いつもの特別拝観時は、保存会の方とみられるシニア・ボランティアのスタッフがしきりに説明をしてくれるので、静かに見たいこちらとしてはちょっと困ったなあということがあったのですが、今回はいらっしゃいませんでした。

どうしても何らかの解説を聞きたい人は、受付で案内されるスマホ用音声ガイドを活用できます(私はこの類の音声ガイドがとっても苦手なので、どういう内容が説明されているのか、確認はしていません)。

 

東寺 灌頂院

 

続く4カ所目、「灌頂院」(重要文化財)は滅多に公開されることがない施設です。

この建物も五重塔と同じく徳川家の援助により寛永年間に再建されています。

皇室とも縁の深いお正月の秘儀「後七日御修法」が行われる空間です。

 

初めて中に入りました。

驚くのは、ほとんど窓らしいものがないということです。

瓦敷の黒光りする床の上に整然と柱が並んでいますが、装飾らしいものはほとんどありません。

秘法が執行される空間は、昼間にも関わらず、照明などがなければ何も視認できないほど真っ暗です。

壁には真言八祖なのでしょうか、僧たちの絵画が描かれています。

今回はあるアーティストによるマンダラのような絵が飾られていましたが、これはちょっと余計な演出と感じました。

できれば何も飾らないか、あるいはせめて「両界曼荼羅」の複製等で代替して欲しかったと思います。

いずれにせよ、まさに秘儀のためだけに目的が絞られたこの建築の特異性が実感できました。

 

東寺 御影堂(西面)

 

5番目のスポットは、御影堂(国宝)です。

ここは特別拝観のルートになってはいるものの、チケットがなくても入ることができます。

熱心に弘法大師像に祈る信者の方も見受けられました。

1380(康暦2)年に再建された南北朝時代の大変貴重な建築ですが、檜皮葺の屋根をはじめ、丁寧にメンテナンスが継続されていることから、不思議に真新しさすら感じます。

東寺の中で最も好きな建築です。

 

6つ目のスポットは御影堂のすぐ北側にある「宝物館」です。

「東寺の宝物をまもり伝える」と題された秋季特別展(〜11月25日)を見学することができます。

最近修復を終えたという「弘法大師行状絵巻」(重文)は、ちょうど「東寺勅給」の場面が描かれた部分が開示されていました。

宝物館での、今回の目玉はなんといっても国宝「両界曼荼羅図」でしょう(10月21日まで・10月22日からは「風信帖」に替わります)。

美しすぎる仏教絵画です。

 

観智院

 

7番目に指定されている拝観スポットは、境内の北に隣接する子院「観智院」です。

1605(慶長10)年に造営された「客殿」は書院造の名建築として国宝に指定されています。

このあたりになると目も足もかなり疲れてきてしまっているのですが、なんとか「五大虚空蔵菩薩像」(重文・もともとは山科の安祥寺にあったものを1376年に譲り受けたもの)など、寺宝やお庭を拝見することができました。

ずいぶん久しぶりにこの塔頭に入りました。

以前より室内が明るく整えられているようにも感じられます。

残念な点は、一番の見どころである、客殿の外側からの「全景」が中からは見ることができないことでしょうか。

いつでも、客殿を高いところから俯瞰できると思われる、隣の洛南高校の生徒たちが羨ましくなりました。

 

東寺 食堂

 

「東寺のすべて」、最後、8番目のスポットは「食堂(じきどう)」です。

この建物は、1930(昭和5)年、不幸にも火災を起こして全焼し、その後再建されものです。

修復されたものの、焼け跡が痛ましい仏像たちが内部で展示されています(重文)。

tsumugu.yomiuri.co.jp

 

「食堂」については、普段、無料で入場できますが、今回の特別拝観では有料スポットとなっています。

土門拳が発表した写真集「大師のみてら 東寺」からピックアップされた50点の写真が展示されていました。

土門といえば神護寺薬師如来をとらえた作品などに代表されるモノクロの大迫力画像写真集「古寺巡礼」が有名です。

そのシリーズとは別に撮影された東寺では、結構、カラーでの撮影も多かったようです。

この寺のもつ真言密教らしい色彩の豊かさが尊重されています。

克明に写された寺宝彫像や建築の細部は素晴らしく、あらためて今回巡ってきた「東寺のすべて」を復習するような楽しさも味わえました。

酒田の「土門拳記念館」の協力による展示とみられます。

 

拝観レポートは以上です。

とにかく満腹になった東寺フルコースでした。

 

東寺 帝釈天(2019年 東博での「東寺展」で撮影)