名画の殿堂 藤田美術館展 ー傳三郎のまなざしー
■2021年12月10日〜2022年1月23日
■奈良国立博物館
2019年春、奈良博は、改築のため長期休館に入っていた藤田美術館の名品を一気に展観する「国宝の殿堂 藤田美術館展」を開催しました。
今回の企画は、その際に紹介しきれなかった、主に絵画作品を中心とした続編展示です。
https://www.narahaku.go.jp/news/20211119_6719/
国宝曜変天目や仏教美術の名品で埋め尽くした前回展と比較すると、規模も質もダウンサイジングされていることは否めませんが、決して落ち穂拾い的な内容ではなく、特に近世近代画は傑作が揃っていました。
非常に見応えのある企画展だと思います。
なお、この美術館が誇る国宝「玄奘三蔵絵」や「両部大経感得図」など前回展で出品されていた名品の数々も一部重複して展示されています。
藤田美術館は休館中に奈良博と共同し、館蔵絵画の悉皆調査を実施しています。
前回展では特に仏教絵画に調査の成果が現れていました。
この調査は前回展以降も継続され、2021年春に完了。
今回の企画展では23件の初公開作品が含まれていますが、全量調査の結果をふまえての展示ということでしょう。
初公開作品の中で特に驚いたのが狩野派による優品の数々です。
「芦鱸藻鯉図(ろろそうりず)」二幅は縦147、横87センチの堂々たる室町絵画。
狩野派二代、元信の作と伝えられているそうです。
鮮やかに彩色が残り、水中を泳ぐ魚群が非常なリアルさをもって写されています。
他方、水上の岩や笹の葉などは伝統水墨の様式を採用。
水中の写実美と水上の様式美とを生き物のようにうねる波が強烈な存在感でガッチリ抱え込むという構図がみられます。
かなり情報量が多い上に、個々の景物の描き方には奇妙なほど技巧への執着が感じられます。
古典的端正さを重んじた元信の作風と差異があることは明らかで、図録解説(板倉聖哲)でも「元信よりやや後の世代とみなせよう」と指摘されています。
美しさに微妙な異様さが絡む傑作。
初公開であることが意外な作品でした。
京狩野二代、狩野山雪の「夏冬山水図」も初公開作品です。
こちらは「芦鱸藻鯉図」とは対照的に、全ての図像が精密に統御された画法によって隅々まで美しく画面に配置された二幅の水墨画。
薄く色彩がおかれています。
計算された構図に潔癖ともいえる筆づかいで古典的な中国の風景が描かれているのですが、じっくり観ていると次第にそのあまりにも均整がとれた画面から絵師の強い個性が滲み出てきます。
特に山の向こうに少し顔を出す建築物の線。
定規でも使ったかのように歪みが全く感じられません。
この絵師らしく異様なまでに澄み切ったスタイリッシュさがとても魅力的な作品でした。
初公開ではありませんが、伝狩野山楽筆とされる「京都十二景図巻」も、今回じっくり鑑賞してその完成度の高さに驚いた作品です。
独特の書体で賛を記しているのは石川丈山です。
この絵は丈山が隠棲した「凹凸窠」、すなわち詩仙堂からの眺めを写したもの。
狩野山楽の印があるそうですが、図録解説(前野絵里)の指摘によれば、この巻物は山楽没後の製作であり、作風からみても山楽によるものとはいえないようです。
非常に細かい点描のような手法で繊細かつ清冽に景色が写されています。
これも図録解説で指摘されていますが、画風としては山楽の跡を継いでいた山雪のそれに近いようです。
特に前述した「夏冬山水図」と見比べると、山雪説の説得力が一段と強く感じられます。
桃山の豪勢な気風をまだ残していた山楽と比較すると、山雪の画風は端正そのものです。
整えられた人工の美が支配する「京都十二景図巻」からは時代そのものが変化したことすら感じられます。
その他、狩野派では伝正信、伝永徳とすごい名前が並んでいるものの、筆者特定に至っていない作品が比較的多くみられます。
研究余地がこの老舗美術館でもまだまだあるということでしょう。
発見の愉しみが今後もありそうです。
明治以降の近代絵画にも驚きの名品がありました。
近代初期京都画壇の重鎮、森寛斎による「絶壁巨瀑図」。
画面の一番下に描かれた滝壺の奔流表現は「明治の応挙」と賞賛されたこの画家らしく、円山派のお家芸をこれでもかと見せつける圧倒的な画力を感じさせてくれます。
今回の展覧会では竹内栖鳳による巨大な黄金ライオンがポスターなどに採用されていて、実際、その「大獅子図」は大迫力を伴って展覧会の冒頭に鎮座していますが、意外性という点で特に印象に残った作品が後半に登場している「皐月雨図」でした。
淡い筆致で描かれた田舎の風景で、題材として特に面白いわけではありません。
でも雨に満たされた景色の描き方は、横山大観等が試みていた「朦朧体」にとても近接しています。
有名な「ベニスの月」(髙島屋資料館)と共通した「水を含んだ空気感」がこの五月雨からも感じられます。
明治30年代頃におけるこの画家の実験的描画手法の一端が伺える貴重な作例と言えると思います。
約5年に及ぶリニューアル準備期間を経て、今年2022年4月に藤田美術館が再始動します。
まずはおそらく曜変天目等の名物コレクションがお目見えすると思いますが、今回披露された近世近代絵画の名品たちも網島町で再びすぐにでも特集してほしいと感じられるほど、見事な内容でした。