神戸市立博物館で開催されている好企画「よみがえる川崎美術館」展(2022年10月15日〜12月4日)。
前後期の区切りが明確に設けられている特別展ではありませんが、かなりの大物作品が会期中、入れ替わります。
結局、2回、鑑賞することになりました。
川崎正蔵が最も愛したとみられる不気味な傑作「寒山拾得図」に代わり、11月15日からは、これも旧川崎美術館を代表する名品、伝銭選(銭舜挙)筆の「宮女図」(個人蔵)が、つい先日まで展示されていた京都国立博物館「茶の湯」展から、急ぎ足で三宮へお出まし。
さらに、会期末も間近に迫った11月22日より、直翁筆「六祖挟担図」が上野毛の大東急記念文庫(五島美術館)から出展されています。
この2作品、いずれも国宝です。
川崎正蔵が日本初の私立美術館、神戸布引に建てた「川崎美術館」に陳列した彼のコレクションの中で、現在、国宝に指定されている作品が3件あります。
今、神戸で展示されている2点、「宮女図」「六祖挟担図」に加え、残るもう1点も、実はちょうど同じ時期に、別の場所で公開されています。
東京国立博物館で開催されている「国宝」展(10月18日〜12月11日)。
同展で披露されている平安時代に描かれた仏画「千手観音像」がそれにあたります。
この絵画は11月15日から上野での展示が始まっています。
つまり、11月22日から12月4日と、ほんの短い期間ではありますが、奇しくも旧川崎美術館蔵の国宝3作品が国内で同時に公開されたことになります。
国宝「千手観音像」は、川崎美術館の収蔵品目録『長春閣鑑賞』(1914・大正3年刊行/ 神戸市博展で実物が展示されています)の第一集、さらにその一番最初に掲載されている作品です。
神戸市立博物館としては、この川崎美術館再現記念展には、ぜひとも「カタログNo.1」とでもいうべき「千手観音像」も出展させたかったのでしょうけれども、東博の「国宝全部見せます展」との調整は、残念ながら、つかなかったようです。
とはいえ、それほど展示機会がある作品たちではありませんから、三宮と上野、場所は離れていますが、3作品が一斉に公開されるということ自体、ミラクルな事態といえます。
神戸での記念展にあわせ、ひょっとしたら川崎正蔵が冥府から何か念じた結果なのかもしれません。
さて、「よみがえる川崎美術館展」で同時展示されている2作です。
最近修復を終えたという「宮女図」も謎めいた大傑作ですが、もう一点の国宝「六祖挟担図」(ろくそきょうたんず)は、さらに観れば観るほどえもいわれぬ不思議な感覚に襲われる肖像画。
中国禅の六祖、慧能が出家を思い立ったその場面を描いたとされる南宋時代の一幅です。
どうしたら人間はこんな表情ができるのか、類例のない不可思議な魅力をたたえた図像。
信仰に目覚めた喜びが浮かんでいるようには見えません。
逆に、これから体験する修行への覚悟を決めているような悲壮感も、ここに描かれた慧能からはほとんど感じられない。
一見、無表情のようにも見えます。
全体にかなり筆が省略され、背景らしいものは何も描かれていません。
しかし、全てが「あるようにしてある」、そんな感じに見えてくるのです。
浮遊しているように見えて、実は、しっかり重力の存在を感じさせる身体表現。
動と静、慧能が内に秘めていたのであろう歓喜と確信が、絵師の中で極めて簡略化された水墨によって受け止められ、とどめられた絵画です。
その他、会期後半では、謎の室町絵師、藝愛による花鳥画の逸品が取り揃えられるなど、非常に充実した内容。
「よみがえる川崎美術館展」、今年ベスト級の企画展でした。