カルティエが植樹したダミアン・ハーストの桜

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ダミアン・ハースト 桜

 ■2022年3月2日〜5月23日
 ■国立新美術館

 

2008年、ホルマリン漬けにされた牛の親子-「自然史」(Natural History)で六本木(森美術館)に登場し、強烈な印象を与えたダミアン・ハースト(Damien Hirst 1965-)が、今度は乃木坂で「桜」を咲かせています。

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「桜」(Cherry Blossoms)は2018年から3年かけて製作された巨大な油彩画群。

2021年、パリのカルティエ現代美術財団で初めてまとめて公開されました。

国立新美術館は2019年、ちょうどこのダミアン・ハースト展が開かれているエリアと同じ企画展示室Eで「カルティエ、時の結晶」展を開催し、国立美術館としては場違いとも思えるようなラグジュアリー空間を提供した実績があります。

日本人受けしそうな題材である「桜」ということもあり、パリ展に続いての公開場所として、既にカルティエとつながりがあった、ここが選ばれたのではないかと推測しています。

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新美の広々とした展示室は全て白一色の展示ボードで統一されています。

パリのカルティエ財団における展示ではジャン・ヌーヴェルによるガラス建築空間を活かし、外光が少し取り入れらたていたように見えます。

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国立新美術館での展示では当然に外光はなく、白い壁のプレーンさが際立っています。
ノイズがない分、ハーストの桜だけが文字通り林立しているような効果を生んでいて、会場内をゆったり回遊すれば、大袈裟な比喩ではなく、まさに「花見」の気分を味わえると思います。

モンパルナスより乃木坂で観る方が純粋にハーストの桜を堪能できているのかもしれません。

中には"Hanami Blossum"と名付けらた作品もあり、ハーストが日本の桜文化を意識していたこともわかります。

 

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でも、じっくり一枚一枚この「桜」と向き合っていると、違った印象がわき立ってきます。

3年もの歳月をかけて描かれた作品。
スタッフをよく使う人ですが、この作品については基本的にダミアン・ハーストが一人で延々と描き続けたのではないかと思われます。

製作期間の一部はCOVID-19パンデミックと重複。
ハーストは「ロックダウンは仕事をするのに向いていた」と語っています(ティム・マーロウによるインタビューより 図録P.7)。
巨大なアトリエで一人、絵具まみれになりながら、花びらの点を打ち続ける。
快楽とも苦行とも受け取れそうな行為です。

分厚い絵具が投げつけられるように置かれた粗い点描。
しかし、やみくもに色が散らされているわけではなく、場所によっては緻密に計算されたようにピンク、白、ブルー、茶色などの点が配置されているようにも見えます。

一見、アクションペインティング風の即興感を覚えるものの、実は周到な色選びが緊張感をもって施されている大画面。

どこまでも明るい桜の中に、執拗に絵筆の押捺を続ける画家の陽性な狂気が垣間見えるようです。

 

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ホルマリン漬けの「自然史」が放つ印象があまりにも強い人ですが、もともと画家としてのダミアン・ハーストを特徴づける作風は「スポット・ペインティング」にあったと思います。

色彩が一種異様な執念によって配置されたような、見ようによっては狂気を感じさせる一連の「スポット・ペインティング」作品。

「桜」も大きくみればこの系統に属しているので、実は彼の芸風として自然な流れで到達した作品ともいえます。

「自然史」はハーストのいわば特異点だったとみた方が良いのかもしれません。

 

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「桜」は具象が入り込んでいるので、かつての「スポット・ペインティング」のような病的なまでの緊張感はないものの、それでも凝視し続けていると、軽く目眩を起こしてしまいそうな違和感が込み上げてきます。


非常に分厚く油絵具が使われています。
ハースト自身が言っているように、この大判絵画はやがてひび割れや剥落などで姿を変えていくことが想定されています。
そもそもこれだけの大作を一度に展観できる機会はおそらく将来もないでしょう。
一瞬の開花。
その意味でも「桜」といえるかもしれません。

 

ふわふわと会場を歩き、花見気分を味わうか。
あるいは、じっと一枚と向き合って、ふらふらと幻惑を味わうか。
いずれも楽しいひとときが味わえる展覧会です。

なお写真撮影は自由自在。
シャッター音が気になる人はノイズキャンセリングイヤホンなどによる対策が必須と思われます。
同時開催されているメトロポリタン美術館展とは違い、「桜」展は予約不要でした。
会場自体がとてつもなく広いので、混雑害もさほど気にならないと思います。

 

余談ですが、カルティエは京都でも彼ら所縁の桜を咲かせています。
醍醐寺霊宝館前の庭に「カルティエ宝飾デザイン展記念」と記された桜の木が植えられているのです。
2004年に同館で開催されたカルティエ展の際、植樹されたもの。
もう一人前の大きさに育っていると思います。

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ダミアン・ハースト「花見桜」

 

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ダミアン・ハースト「帝国の桜」